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【無料公開】2019年のレガシーとは何か 松瀬学(ノンフィクション作家)<3/3>

【無料公開】2019年のレガシーとは何か 松瀬学(ノンフィクション作家)<2/3>

企業スポーツだから可能だった「240日間の合宿」

──かくして今大会も、3位決定戦と決勝を残すのみとなりました。日本代表は過去最高の成績を収めたし、大会そのものも盛り上がりましたし、何よりラグビーの魅力を知った人がこれほど増えたことが一番のレガシーだったのではないかと思います。実際、私の周りのサッカー仲間の中でも、初めて見るラグビーに魅了された人がけっこういたんですよね。

松瀬 本当にありがたいことですよね。これまでラグビーファンは減少する一方でしたが、これをきっかけにサッカーもラグビーも楽しめる人が増えてほしいと思います。

──ただし、前回大会でもラグビーは注目されましたが、それをトップリーグの盛り上がりにつなげられなかったという苦い経験があります。それ以外にも、競技人口をどう増やしていくか、育成の現場をどう充実させていくか、ラグビーチームや芝のグラウンドなどのプレー環境をどう整備していくか、などなど。取り組まなければならない課題は、いくらでもあるように感じられますが。

松瀬 「変えていかなければ」という機運が生まれたことが、実は今大会最大のレガシーなんだと思います。チェンジする最大のチャンスが訪れた、ということですね。ただし、闇雲に変えていけばいいという話ではない。具体的に何をどう変えていくのか、明確なビジョンと目的を設定し、真剣に議論と検討を重ねた上で、しっかり実行していってください、ということなんですよ。

──実際にプロ化の議論も始まっているようですが。

松瀬 「2021年からプロ化」という話も出ていますね。ただ僕としては、どこにフォーカスするのかということが重要だと思っています。何のためにプロリーグを創るのかということです。たとえば日本代表の強化。これに関して言えば、前任のエディーと今のジェイミー(・ジョセフ)の8年間によって、ひとつの形が完成したわけです。

 まずエディーが強化の環境を変えた。そして選手個々のフィジカルを高めるには「スーパーラグビー参入しかない」と。いわば彼の置き土産ですよ。それを引き継いだのがジェイミーで、サンウルブズというチームで4年間戦ってきたことが、選手個々のフィジカル強化とプロ意識を促して今大会の躍進につながったわけです。ティア1とのチームとのマッチメークにも恵まれていました。

──なるほど。ただし今のプロ化の議論というのは、代表強化の話よりも、いかにラグビーの人気を高めて、持続させていくかというところが肝ですよね?

松瀬 もちろん。代表強化の話でもうひとつ言うと、今大会で日本が結果を出したもうひとつの大きな理由は、今年に入って240日間にも及ぶ長期合宿ができたことだと思うんです。そしてその間、ニュージーランドをはじめとする強豪国とのテストマッチをひと通り組むこともできた。もちろん、ワールドカップ開催国だったということもありますけど。でも、もしトップリーグがプロ化したら、今後はこれだけの長期合宿を組むことなんて不可能ですよ。

──逆に企業チームだったからこそ「ワールドカップを盛り上げるためにも、代表の強化合宿に協力しましょう」というコンセンサスが生まれたんでしょうね。

松瀬 そういうことですね。本当のプロチームのプロ選手を、240日間も代表合宿に拘束するなんて不可能ですから。国内の企業チームだから、それを認めてくれたわけです。外国人の選手もまた、日本でプレーしていましたし。日本代表を強くするために、そして日本でのワールドカップを成功させるために「One Team」が実現できて、240日間の合宿が可能になった。その結果が、初のベスト8進出だったわけです。

──ということは、もしもトップリーグが完全にプロ化したら?

松瀬 繰り返しになりますが、今回のような長期合宿は、まず無理ですよ。ですから一言で「プロ化」といっても、Jリーグのような形がいいのか、あるいはニュージーランドのように協会が抱えるプロという形がいいのか、そこはしっかり議論していく必要があります。

──ちなみに今の日本代表クラスで、どれくらいの収入があるんでしょうか?

松瀬 どうでしょうね。それなりにもらっている選手もいるだろうけど、少なくとも1億円プレーヤーはいないのではないでしょうか。ヨーロッパだと、フランスリーグが最も高収入と言われていますけれど、それでも2億から3億円くらいだと聞いています。サッカーに比べれば、ぜんぜん安いでしょ?

──それは間違いないです(苦笑)。実際のところラグビー選手って、欧州サッカーやアメリカ4大スポーツの選手に比べると、かなり質素なイメージですよね。

松瀬 よく「子供たちに夢を与えるためにも、最低でも1億円プレーヤーが必要だ」みたいな議論がありますけれど、それが本当にラグビーという競技の特性に合致しているかというと、僕は必ずしもそうではないのかなって思います。

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