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【無料公開】2019年のレガシーとは何か 松瀬学(ノンフィクション作家)<2/3>

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台風による3試合中止の判断をどう評価するか?

──今大会でのネガティブな点を挙げるとしたら、台風で3試合が中止になったことです。自然災害は仕方がない部分もあるかと思いますが、松瀬さんは中止という決定について批判的な記事を書かれていましたね(参照)

松瀬 大会の成功・失敗の定義はいろいろあると思います。スタンドが満杯になったこと。これは成功でしょう。海外からのインバウンドを呼び込めたこと。これも成功しました。でも、台風による中止の判断は、僕は失敗だったと思っています。これは今後のワールドカップの歴史に残りますよ。「日本は大会史上初めて、試合中止を決断した」とね。

 そもそもワールドカップとは何か。それは「世界一決定戦」ですよね。そのためには何が必要か。「試合がきちんと行われること」そして「アスリートファーストであること」ですよ。それらを謳っていながら、3試合が開催されなかったことについては、僕は明らかに失敗だったと思っています。

──とはいえ、自然災害が発生した場合、試合を中止して引き分け扱いとするという規定があるわけですよね?

松瀬 自然災害というのは、おそらく一番は地震を想定したものだったと思います。でも台風だったら、開催日を変更するとか、無観客試合にするとか、いろいろ対応の仕方があったはずです。実際、中止になった当事者たちも「試合日を替えてもらってもいい」と言っているわけですから。

 イタリア代表のセルジオ・パリセ主将は、5大会連続出場しているレジェンドで、これが最後のワールドカップだったんです。その最後の試合が中止というのは、とても耐え難いことだったと思います。「試合日を替えてもいい。違う場所でもいい。練習場で自分のワールドカップを終わらせたくない」と訴えていました。当然のことだと思いますよ。

──幸い、横浜での日本vsスコットランドは予定どおり開催されましたけれど、もし中止になっていたらスコットランドは本当に提訴に踏み切ったんでしょうか。逆にワールドラグビーから、この件でペナルティを科せられるという話もありましたが。

松瀬 たとえばニュージーランドが同様のことを言っても、ペナルティなんて話にはならなかったでしょうね。相手がスコットランドだったから、ワールドラグビーは断固たる態度に出たんだと思います。実はこれは、ラグビー総合力の問題なんですよね。

──つまり同じティア1(伝統国)の中でも、力関係があると?

松瀬 そうです。国や協会の力関係をどこで判断するかというと、まずは世界ランキングや過去の実績ですよね。ランキング1位です、ワールドカップに優勝しています、といったところ。それ以外での評価基準としては、まず指導者の多さ。今大会のヘッドコーチの出身国を見ると、ニュージーランドが一番多いんですね。代表チームのマーケット・パワーもあります。それからレフェリーの数。これに関しては、フランスが一番多くて、その次がウェールズ。実はスコットランドのレフェリーは、確か今大会はゼロでした。

──へえ、それは意外ですね!

松瀬 だからラグビー総合力がそれほど高くないと見られてしまうんです。それは日本も同じで、ホスト国なのに日本人の主審はひとりも選ばれなかった。日本はティア2(中堅国)の中でも、かなりティア1に近いくらいの実力がありますけれど、ラグビー総合力という面ではまだまだ及ばないところはあります。

 それに付け加えるなら、ワールドラグビーに対する政治力も足りていないですね。サッカーの場合、FIFAの理事に小倉(純二)さんがいたのが大きかったわけでしょ? 残念ながら日本のラグビー界で、あそこまで食い込んでいる人は今、ほとんどいないわけですよ。河野一郎さんぐらいでしょうかね。

──つまりラグビー界には、川淵さんだけでなく小倉さんほどの人もいないと。そういったお話を伺うと、あらためてサッカー界は人材に恵まれていたんだなって思います。そうした課題は残しつつも、今大会は全体的に見ればワールドラグビーにとっても、そして日本にとっても、かなり成功した大会と言って間違いないでしょう。ここまでの成功を大会前、松瀬さんは予想できました?

松瀬 できなかったですね(苦笑)。TVの視聴率ひとつとっても、これまで代表戦で1桁だったのが、大会期間中には40%とか50%とかになっていたわけじゃないですか。つまり瞬間的に、国民の2人に1人が見るくらいに盛り上がったわけですよ。日本以外のチーム同士の試合でも20%前後の高い視聴率をとりました。これには驚きました。もちろん日本代表の活躍のおかげですけれど、こんな時代が来るとはさすがに想像できなかったですね。

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