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【無料公開】2019年のレガシーとは何か 松瀬学(ノンフィクション作家)<3/3>

トップリーグのプロ化にJリーグは参考になるか?

──サッカー界でもJリーグができる前は、そういう議論がいろいろあったようですが、プロ化したからこそワールドカップの常連国になることができました。では、ラグビーもそれに当てはまるのかというと、そこは慎重に議論したほうがいいと私も思います。たとえばセカンドキャリアひとつ取っても、引退後に順調に親会社で出世していく元ラガーマンって、いっぱいいるじゃないですか。これがプロになって、20代半ばに怪我で引退となったら、その後どうするのかというリスクはあると思います。

松瀬 実はトップリーグができる少し前、「プロ契約か社員契約かの契約形態は各チームの判断に任せる」という話になったことがあったんです。ところがプロになった選手の多くは、すぐにまた元の社員契約に戻ったことがありました。そりゃあ、そうなりますよ。現役時代はラグビーに集中できるし、引退後は超優良企業の社員として働いて給料がもらえるわけですから。しかもトヨタをはじめ、大企業ばかりですよ。

──世界的に見ても、日本のシステムはかなり恵まれていますよね。

松瀬 ですから、日本ラグビーならではのシステムを作ればいい話だと思いますよ。現役時代は、プロ契約のような給与システムにするとか。引退したら会社に残ってもいいし、違うチームでコーチとして働いてもいいとか。ラグビーはラグビーで、ここまで積み上げてきた歴史と伝統があるわけで、何もJリーグの真似をする必要はないと思います。

──その流れで言うと、Jリーグにはホームタウン制度というものがあります。もしもプロ化となれば、地域との連携は欠かせなくなると思うのですが、この点はどうでしょう?

松瀬 たとえば今大会は12会場ありましたけれど、そのすべてにプロのラグビーチームを作るのは無理だと思います。あえて具体例を挙げますけれど、豊田や静岡、大分を本拠地にしたとして、スタジアムに満員のお客さんが集まるかといえば厳しいと思います。やはり人口がそれなりに多いところでないと、ラグビーの興行は難しいですよ。チーム数も6チームぐらいに絞って、1部と2部で6チームずつぐらいというのが現実的じゃないですかね。

──今大会で唯一、スタジアムを新設した釜石はどうでしょうか?

松瀬 確かに「ラグビーどころ」ですけど、大会が終わったら6000人収容のスタジアムにダウンサイジングするんでしょ? 6000人の施設でペイできるかというと、かなり厳しいと思いますよ。加えて、釜石市の人口は3万人ちょっとしかいない。ワールドカップではシャトルバスをたくさん出して、県外からもお客さんが来ていましたけれど、普段のリーグ戦でそれをやるのは厳しいですよ。

──となると、釜石でのプロ化は無理ですか。

松瀬 でも、釜石はブランドです。心を揺さぶるのです。だからやるとしたら、釜石のスタジアムをサブで使って、本拠地を仙台に置くとかね。東北全体で「おらがチーム」を応援する形は、あっていいと思います。

──プロ野球の楽天みたいなイメージですね。そうして考えると、各地域の中核都市をホームタウンにしている、プロ野球のイメージが一番近いのかもしれないですね。

松瀬 少なくともJリーグやBリーグのイメージではないですね。Bリーグだと、抱えている選手は20人くらいでしょ? ラグビーの場合だと、スタッフを含めたら50人くらいになるわけですよ。それに毎日、試合をすることは不可能です。そういう点で考えても、やっぱりプロリーグはまず、企業の支援を受けた限られた数のチームによるフォーマットが、最も理にかなっているように思いますね。

──ここまでのお話をまとめると、ラグビーワールドカップの成功によってラグビー界が「チェンジ」、つまり変わらなければという機運が生まれたのがレガシーだったと。ただし、ここでいう「チェンジ」というのは、必ずしもJリーグのような一斉プロチーム化が正解ではないということですね?

松瀬 というよりも「正解がひとつではない」ということです。もちろんこれは、千載一遇のチャンスなんですよ。それも、これまでで最大、最高のチャンス。ただし、このチャンスを活かすも殺すも、これからの国内ラグビーのスケジュール設計やハンドリング次第、ということなんですよね。いろいろ検討すべき課題はありますけれど、まずは何より、1月から始まるトップリーグでレベルの高い、面白い試合を見せること。これに尽きると思います。試合がつまらなければ、ファンはすぐに逃げていきますから。

──まさに、4年前の失敗を絶対に繰り返してはならない、ということですよね。今日のインタビューが4年後、どのように読まれるのか楽しみです。松瀬さん、今日はありがとうございました。

<この稿、了>

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