宇都宮徹壱ウェブマガジン

ワールドカップ・イヤーにこそ読みたい! 歴代サッカー本ベストイレブン<1/2>

 ワールドカップ・カタール大会の開幕まで、あと24日! 11月1日には、本大会に挑む日本代表メンバー26名が発表される。注目度にしても熱量にしても、なかなか高まらない今大会だが、当WMなりに盛り上げたい! と思いついたのが「この機会に歴代サッカー本ベストイレブンを決めてしまおう!」という企画である。

 私と共にサッカー本をチョイスしていただいたのは、横浜FCサポーターでヨコハマ・フットボール映画祭の「澤野書店」でおなじみの澤野雅之さん。そしてサッカー本大賞の審査委員であり、作家で編集者で書評家の佐山一郎さん。今回は(元)書店員と書評家とブックライターの3人で16作品をエントリー、その中から歴代サッカー本の「ベストイレブン」を選ぶ、というのが趣旨である。

 ここでポイントとなるのが「歴代」。今回チョイスした作品は、最も新しいものが2022年で、最も古いものが1998年。つまり7大会分の開きがあるのである。なぜ「歴代」なのかといえば、理由は2つ。かつて(具体的にいえば1998年から2006年にかけて)、意欲的なサッカー本が百花繚乱だった時代があったこと。そして近年は、サッカーやワールドカップに対する出版界の眼差しが、実に冷ややかであること。

 このコントラストが意味するところを、読者の皆さんに感じ取っていただきたかった。だからこその「歴代」。今回の企画は単にサッカー本を語り合うだけでなく、サッカーというジャンルに対する出版業界の眼差しの変化についても、3者それぞれの視点からじっくり語り合うこととなった。最後までお付き合いいただければ幸いである。(取材日:2022年9月25日@東京)

<1/2>目次

*『ULTRAS』と『ディス・イズ・ザ・デイ』の根っこは近しい?

*ヒットすれば何年も暮らせる英国と「スポーツで食えない」日本

*歴史を扱っている書籍が「増補改訂作業を続けた方がいい」理由

ULTRAS』と『ディス・イズ・ザ・デイ』の根っこは近しい?

──佐山さん、澤野さん、今日はよろしくお願いします。カタールでのワールドカップも近いということで、4年に一度の祭典に相応しいサッカー本を選んでみました。私と澤野さんで9冊、そして佐山さんが7冊、合計16冊のサッカー本の中から「ベストイレブン」を選んでいこう、というのが今回の趣旨となります。さっそく私が選んだものから。

佐山 このハードカバーの強面な表紙は、宇都宮先生の作品ですね?

──はい(笑)、今から20年前に上梓した『ディナモ・フットボール』です。今回は「版元くくり」で、ほかにエドゥアルド・ガレアーノ著/飯島みどり訳の『スタジアムの神と悪魔』、そして千田善著『オシムの伝言』を選んでみました。いずれも、みすず書房から出ています。学術書がメインの出版社ですが、今から10年から20年くらい前は、そうした版元からも個性豊かなサッカー本が出ていた、ということを知っていただきたくて選んでみました。

澤野 この『スタジアムの神と悪魔』は以前、会社の先輩が勧めてくれたんですけれど、ネットでもなかなか見つからないんですよ。

──初版が1998年ですからね。ガレアーノはウルグアイの作家で詩人なんですけど、まさに詩情豊かなフットボールの語り口が秀逸です。コパ・アメリカに遠征中の久保建英が、この本を持っているのを見て、ちょっと驚いたことがありました。おそらくお父さんが読んでいたんでしょうね。それと南米つながりで、もう1冊が千鶴ガルシア藤阪さんの『ディエゴを探して』。昨年のサッカー本大賞ですが、今回のカタール大会は「マラドーナが地上にいない初めてのワールドカップ」ということで選んでみました。

佐山 なるほど、「マラドーナが地上にいない初めてのワールドカップ」か。そういう言い方もありますよね。澤野さんが選んだのが、金井真紀さんの『サッカーことばランド』。このへんのチョイスは、サッカー本大賞の選者である幅(允孝)さんに近いものを感じます。彼はわりと、図鑑とか絵本テイストの作品を好む傾向がありますから。

澤野 実は幅さんとはお仕事でご一緒した際、あるサッカー本をお渡ししたんですけど、ちょうど1次選考の日だったんですよね。そうしたら、そのまま選考に残ってびっくりしたことがありました(笑)。

──『サッカーことばランド』に紹介されているのが、抜け目ないストライカーは「ニワトリどろぼう」(マレーシア)とか、技術の足りないGKは「レタスの手」(ブラジル)とか。こういうのって、まさにサッカーやワールドカップを通して学べる異文化ですよね。

佐山 他に、ジェームズ・モンタギュー著/田邉雅之訳の『ULTRAS 世界最凶のゴール裏ジャーニー』、そして津村記久子さんの小説『ディス・イズ・ザ・デイ』も選んでいますよね。澤野さんも横浜FCを応援していることもあってなのか、いずれもサポーターを扱った作品。けれども、テイストがものすごく両極端ですね(笑)。『ULTRAS』のウクライナの章なんかは、その後のウクライナ情勢を理解する上で、非常に参考になる部分がありました。

澤野 佐山さんのおっしゃるとおり、この2作品は対極というか、違う世界線の話のような印象がありますよね。けれども根っこの部分では、実は近しいものがあるのかなっていう気もします。津村さんの『ディス・イズ・ザ・デイ』は、日本の2部リーグを舞台にした小説ですけれど、日本でもこういう作品が出てきたことに、いちサポーターとしてすごくうれしい気持ちになりました。当たり前ですけど、文章も本当に素晴らしいんですよ。

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