宇都宮徹壱ウェブマガジン

復刻版『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』 ナントからニュルンベルクへ クロアチア<1/3>

 皆さん、GWはいかがお過ごしであろうか?

 私のほうは52日から8日にかけて1週間にわたる地方行脚。大阪と広島を取材して、途中カミさんと岡山を小旅行する予定だ。久しぶりにリフレッシュするべく、昨年の復刻版『ディナモ・フットボール』に続き、今週は復刻版『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』から「ナントからニュルンベルクへ クロアチア」をお届けすることにしたい。

 本書はサブタイトルにあるように、1999年から2009年までのヨーロッパ取材を1冊似凝縮させたもの。扱っている国は、スコットランド、アイルランド、フェロー諸島、トルコ、ウクライナ、マルタ、クロアチア、ロシアなど、いわゆる「辺境」の国々ばかり。これほどマニアックな内容だったにもかかわらず、本書は2010年にミズノスポーツライター賞の大賞を受賞している。

 今回ピックアップしたクロアチアは、2006年にザグレブとスプリトを取材した時のもの。同年にドイツで開催されたワールドカップで日本とクロアチアが同組となったため、Number plusの依頼を受けて現地を取材することとなった(今となっては夢のような時代である)。取材にあたっては、当時ザグレブ在住だった長束恭行さんにアテンドと通訳を依頼。この人がいなかったら、この取材は成立しなかっただろう。

 2006年当時のクロアチアといえば、1998年のフランス大会で3位に輝いた「98年組」が相次いで引退しており、世代交代の過渡期という印象があった。チームの中心選手と目されていたのは、ニコ・クラニチャルであったが、われわれが注目したのは、この年に代表デビューを果たしたばかりのルカ・モドリッチ、当時19歳。もちろんこの時は、彼があれほど偉大なフットボーラーになるとは、夢にも思わなかった。

 日本のメディアとして、初めてモドリッチに(10分程度だが)インタビューしたことが、今でも私の密やかな誇りとなっている。のちにレアル・マドリーの中心選手として数々のタイトルを手にし、自らも2018年のバロンドールに輝き、祖国をワールドカップの2位と3位に導いたモドリッチ。そんな偉大なマエストロの若き日の姿を中心に、ドイツでの対戦を控えていた当時のクロアチアと日本の状況に思いを巡らせていただければ幸いである。

ルカ・モドリッチのクロアチア代表デビュー戦

 クロアチアの名門、ザグレブの中心街からトラムで10数分ほど。ディナモ・ザグレブの練習場は、郊外に建つスタジアム「マクシミール」の裏手にある。 

 西側資本による総合型アミューズメント施設がオープンするなど、このところザグレブの街並みは刻一刻と変貌を遂げているが、マクシミールの周辺は今も旧ユーゴスラヴィア時代を彷彿とさせる「いかにも東欧的」な風情が残っていて、個人的にはすこぶるお気に入りの場所だ。練習場のピッチは、おりからの雪でぬかるんでいて、ディナモの選手たちは青いジャージをドロだらけにしながらボールを追いかけている。 

 その片隅でカメラを構えていた私は、ひとりの若い選手にフォーカスしていた。タックルされたら吹き飛んでしまいそうな、いささか線が細すぎる体躯。アスリートというよりも、むしろアイドルタレントと言ったほうがしっくりくるような大きな瞳。ダッシュするたびに激しく揺れる、 豊かな金髪。まるで、一昔前の少女漫画に出てきそうな風貌である。 

 ルカ・モドリッチ、199699日生まれの19歳。元U-21クロアチア代表のキャプテンにして、 ディナモのトップ下を担う10番。今年の31日には、スイスはバーゼルにて行われたクロアチア対アルゼンチンの親善試合で鮮烈なA代表デビューを果たし、劇的な勝利(32)に大きく 貢献する活躍を見せている。 翌日のクロアチアの地元紙は、この小柄なルーキーに「7.5」という最高得点を与え、モドリッチは一夜にして、国内で最も熱い視線を集める存在となった。 

 今年(2006年)、ドイツで開催されるワールドカップで、日本はクロアチアと対戦することがすでに決まっている。ゆえに、このところ多くの日本メディアがザグレブ詣でを続けているが、代表キャップ数わずか「1」の若者に執心している物好きは、今のところ私くらいであろう。 

 このモドリッチについては、今はまだ「ぽっと出の若手」というのが、日本での一般的な認識である。しかしながら、実際にバーゼルの「ザンクト・ヤコブ・パルク」のゴール裏で、そのプレーをレンズ越しに凝視していた私は、まったく異なる感慨を抱いた。 

「もしかすると、こいつは『98年組』以来のタレントの登場ではないか」 

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