マンチェスター・シティを愛し続けた30年の物語 島田佳代子(ライター&インタビュアー)<3/3>
■帰国後「子育てしながら仕事を続けるつもりでいたんですが」
──かよりんの書籍デビュー作である『I Love英国フットボール』は2005年でした。拠点を日本に戻す2年前ですが、ずっと向こうに住み続けることは考えていなかったんでしょうか?
島田 考えていたんですけど、ビザの負担がどんどん重たくなっていったんですよ。私が暮らし始めた1999年は学生ビザが無料だったんですが、その後は学生でも法務省みたいなところで更新しなければならないとか、28歳以下のワークパーミットでも弁護士を自分で雇わないといけないとか。さらにビザそのものも、どんどん金額が上がっていったんですよね。
──今は1ポンドが180円くらいですが、当時はいくらくらいだったんですか?
島田 高い時で250円くらいになっていたと思います。お金がかかる上に、ビザのシステムもどんどん変わって、どうしようかなって思っていたんですよ。そうこうしているうちに、治安もどんどん悪くなるのを感じるようになって……。
──身の危険を感じることがありました?
島田 ロンドンで乗ったバスに投石されたり、ファストフードでお茶をしていたら携帯を盗まれそうになったり、あとは住んでいた家に夜中、泥棒が入ったこともありました。万が一、鉢合わせをしていたらと思うと本当に怖かったです。
──怖いですね。残念ではありますが、帰国は賢明な判断だったと思います。ところで、かよりんはこれまで5冊の書籍を上梓していて、最後が2010年の『英国フットボール案内 Footie Life』でした。確か結婚されたのも、同じ年だったと思うのですが。
島田 そうです。最初の子供が、お腹にいるときに出しましたね。正確には、2018年に『その道のプロ18人が断言。サッカーする子は「これ」で伸びる!』の出版にも関わりましたが。
──その間、ライター業はいったんお休みをして、お母さん業に徹していたということでしょうか?
島田 いえ。子育てしながら仕事を続けるつもりでいたんですが、なかなかそれが許されない現実というのが、向こうの生活と比べると間違いなくあったんですね。もちろん、完全にライターの仕事を止めてしまったわけではないんです。単発での原稿依頼もいただいていましたし、J SPORTSさんなどでもコラムを書かせていただきましたから。ただ、明らかに仕事量は、向こうにいた頃に比べて減りました。
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