宇都宮徹壱ウェブマガジン

footballistaが若い書き手を輩出する理由 井筒陸也×河内一馬×浅野賀一<1/2>

 4月4日、サッカー本大賞2022が発表された。今年は読み応えのある作品が例年以上に多く、当WMでも取り上げた『ディエゴを探して』(藤坂ガルシア千鶴著)が大賞、『ULTRAS 世界最凶のゴール裏ジャーニー』(ジェームス・モンタギュー著、田邊雅之訳)が特別賞に選ばれた。各賞作品とエントリー作品の選評はこちら

 各賞については、まったくもって異論はない。しかし一方で「もっと若い人が出てこないと!」という思いが募った。エントリーした著者や翻訳者の中で、最も若いのは『予測不能のプレミアリーグ完全ガイド』の内藤秀明さん(1990年生まれの32歳)。私も書籍デビューしたのは32歳であったが、当時は何ら実績のない若い書き手でも、編集者に見込まれればデビューできるチャンスはあった。

 今は違う。すでに名前や実績がある人、あるいは数字を持っている人でなければ、なかなか本を出すことができない。結果として、同じような書き手、同じような傾向の作品ばかりが書店に並ぶようになる。近視眼的な書籍の濫造は、業界の停滞感しか生み出さない。サッカー本の世界でも、こうした傾向が10年くらい続いている。

 そうした中、先月11日に20代の著者による書籍が、2冊同時に同じ版元から出版された。『敗北のスポーツ学 セカンドキャリアに苦悩するアスリートの構造的問題と解決策』井筒陸也さんは1994年生まれの28歳。『競争闘争理論 サッカーは「競う」べきか「闘う」べきか?』河内一馬さんは93年生まれの29歳。井筒さんはクリアソン新宿の選手(現在は同クラブのブランド戦略を担当)として、河内さんは鎌倉インターナショナルFCの監督として、いずれも当WMに登場していただいている。

 この若く野心的な書き手たちを世に送り出したのが、ソル・メディア。ご存じfootballistaの版元である。footballistaといえば、新世代の書き手を続々と誌面にデビューさせてきた実績を持っているが、これが書籍となると話は別。編集者の苦労は並大抵ではなかったはずだ。そこで今回は井筒さんと河内さんに加えて、footballista編集長の浅野賀一さんにも加わっていただき、業界活性化のための議論を深めることにしたい。(2022年3月25日、オンラインにて収録)

<1/2>目次

*ソル・メディアから同日発売された紅白サッカー本

*ふたりの共通点は「早くからnoteを始めた」こと

*「サッカーの本は読まない」「最近は実用書ばかり」

ソル・メディアから同日発売された紅白サッカー本

──今日はよろしくお願いします。井筒さんと河内さんは、いずれも当WMにご出演いただいているのですが、このたび同じ日に同じ版元からデビュー作となる書籍を上梓しました。装丁が紅白で、すごくおめでたい感じです(笑)。狙っていました?

浅野 狙っていたわけじゃなかったんですけど……偶然ですね(笑)。最初に井筒さんの書籍が白になって、その後に河内さんから「カバーは赤にしてください」という話になって、結果的に紅白の本が揃って書店に並ぶこととなりました。

井筒 一馬くんも「白がいい」って言ったらどうしようかと思っていました(笑)。

──なるほど(笑)。さっそく井筒さんと河内さんに、自己紹介とデビュー作の解説をお願いします。まずは『敗北のスポーツ学』を上梓された井筒さんから。

井筒 昨年までクリアソン新宿でプレーして、現役引退後はクリアソンでブランド戦略をしている井筒陸也です。僕は2016年から3シーズンを徳島ヴォルティスに所属していて、2019年に関東2部だったクリアソンに移籍しました。移籍した当初は「何でJリーガーを辞めてアマチュアクラブでプレーするんだ?」って、いろんな人から言われたんです。なぜ、そういう決断をしたのか? それが、この本のテーマになっています。

──序章で書かれていた、関西学院大学で日本一になった時の話も印象的でした。これもまた、本書の大きなテーマとなっていますよね?

井筒 優勝が成功体験にならなかった、という話ですね。スポーツって、結果で語られることが多いと思うんです。けれども「結果だけだけではないスポーツの価値」というものもあるのではないか。本書の後半では、スポーツが社会に対してどのような価値を発揮するのか、といった内容になっています。いちおうスポーツの世界で第一線にいましたので、これまであまり語られてこなかった、生々しい部分にも言及しています。

──井筒さん、ありがとうございます。続きまして河内さん、自己紹介と『競争闘争理論』の解説をお願いします。

河内 河内一馬といいます。現在は29歳で、鎌倉インターナショナルFCという神奈川県リーグ2部に所属するクラブの監督とブランディングの責任者をやっています。25歳の時にアルゼンチンに渡って、南米サッカー連盟の最高ライセンスを取得しました。文章を書いたり、ブランドを作ったり、あるいはNPOで理事をしたり、サッカーを軸にいろんなことをしている人間です。

──サブタイトルが特徴的ですね。「競う」べきか「闘う」べきか──。これには、どんなメッセージが込められているのでしょうか?

河内 前提として「競うスポーツ」と「闘うスポーツ」とでは違うんじゃないか? という疑問がありました。日本人は文化や価値観、あるいは社会のあり方というものが競争的だと思います。本来は闘争的なゲームであるサッカーを、どこかで捉え違えているのではないか? そういったテーマで、ひたすらnoteに書いていたものがベースになったのが本書です。サッカー本ではあるんですが、文化のことや社会のこと、ちょっと哲学のことにも触れていて、いろいろ応用可能な本になっていると思います。

──河内さん、ありがとうございます。footballista編集長の浅野さんに伺います。書き手として目をつけたのは、井筒さんと河内さん、どちらが先だったのでしょうか(笑)。

(残り 3538文字/全文: 5972文字)

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