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【無料公開】『前だけを見る力』松本光平の原点 第2章「15歳での禁断の移籍」より<2/2>

「いい意味で、彼は異端児だったと思います」二宮博(バリュエンスホールディングス株式会社)

「松本くんが所属していた、2005年から2007年のガンバユースといえば、日本クラブユースサッカー選手権(U-18)で2連覇を果たした時代ですね。2005年にはトップチームもJ1で初優勝していますので、才気あふれる若者たちがガンバに集まってきた頃です。ジュニアユースからの昇格組を中心としながら、平井将生や横谷繁や木下正貴といった、他県出身の選手も外部から集めていた時代でした。松本くんもそうでしたが、それまでのガンバにいないタイプも加えようとしていました」

 本章の証言者は、ガンバ大阪のスカウトをしていた、二宮博。松本光平が「怪しげなおじさん」と語っていた人物である。

 二宮は1962年生まれで愛媛県出身。地元の中学の体育教員から1994年にガンバ大阪のスカウトに転じ、強化部スカウト部長やアカデミー本部本部長、さらには普及部部長を歴任した。「育成のガンバ」の礎を築いた人物として知られている。

 加えて、スカウト時代に獲得した選手には、錚々たる名前が並ぶ。

 現在のトップチームの主力選手である、東口順昭、昌子源、井手口陽介、そして宇佐美貴史は、いずれも二宮がスカウト時代に獲得。東京オリンピック代表メンバーで活躍した、堂安律や谷晃生や林大地は、いずれも二宮らが立ち上げた日本屈指のアカデミー組織の卒業生である。

 2021年2月、二宮は27年間勤め上げたガンバ大阪を退職し、バリュエンスホールディングス株式会社に入社。スポーツ関連の取り組みに従事する一方、社外広報活動の一環として、関西を中心におよそ10の大学で授業や講演を行っている。

 余談ながら、バリュエンスホールディングスの代表取締役社長である嵜本晋輔は、ガンバに3シーズン在籍していたことで知られるが、その彼を高校時代にスカウトしたのも二宮。「もちろん、こんな形でご一緒するとは思いませんでした」と笑う。

 今回、二宮に聞きたかったのが、15歳の松本光平が実現させた「禁断の移籍」の真相。すでに定員を満たしていた、2005年度のガンバユースに、なぜ彼は入団できたのだろうか?  本題に入る前に、当時の在阪2クラブの育成事情について確認しておきたい。ジュニアユースでもユースでも、なぜガンバがセレッソを圧倒していたのだろうか。

「それは単純にガンバのほうが早く、Jクラブになったからだと思います。それから、人工芝や照明塔などのインフラ整備も、ガンバのほうが先を行っていました。加えて 2002年のワールドカップでは、宮本恒靖や稲本潤一といったガンバユース出身の 選手たちが活躍しましたし、トップチームもJ1を制しています。そうした背景もあって、良い素質や才能を持っていた関西のサッカー少年たちが、ガンバを目指すようになったんだと思います」

 二宮によれば、テクニック重視のガンバに対して当時のセレッソは、フィジカルや 精神面で対抗しようとする傾向が見られたという。確かに育成面では、ガンバに一日の長があったのは、当時を知る誰もが認めるところ。それでも二宮は「自分たちが上」 という奢りは厳に慎む態度を貫いていた。そこには、2003年に56歳で他界した「ネルソン吉村」こと吉村大志郎の影響があった。

 吉村は、国籍をブラジルから日本に変え、日本代表に選出された先駆けである。1980年に現役を引退後は、セレッソ大阪の前身であるヤンマーディーゼルで指導。Jリーグ開幕後は、あらゆる魅力的なオファーを振りきり、ヤンマーの社員という身分のまま、セレッソのスクールコーチや総括部スカウトの道を選んだ。

 晩年の吉村は、二宮に印象的な言葉を残している。ガンバユースからトップチームへの昇格が決まっていた、家長昭博に関するものだ。

「ネルソンさんは、こうおっしゃっていました。『家長はガンバに行ったから、あそこまでの選手になったんやない。最初がセレッソだったとしても、同じように育っていたはずや。本物の選手は、どこに行っても一緒。そこを勘違いしたらあかんで』と。ガンバとセレッソのスタイルの違いはありますが、ネルソンさんのその言葉は今も心に刻んでいますね」

 さて、松本光平である。

 同じ在阪Jクラブのジュニアユースということで、両者は公式戦以外でも対戦する機会は多く、二宮も早い段階から彼の存在を認識していたという。では、当時の松本光平の評価は、どのようなものだったのか? 

「私が見た印象では、フィジカル能力が非常に高く、無尽蔵のスタミナがあって、縦に向かうスピードが図抜けていましたね。当時のガンバユースにはいないタイプ、というのが松本くんへの私の評価でした。ご存じのように、ガンバの育成は足元の技術が高くて、トップチームと同様に小刻みにパスをつなぐスタイルです。そういうテクニカルな選手が主流のなか、あえて一芸に秀でていて野性味のある、松本くんのような選手が加われば、面白いのではないかと考えました」

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