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【無料公開】「報道されない」開催国ブラジルの現在(再) 大野美夏(サッカージャーナリスト)インタビュー<1/2>

なぜコンパクトなワールドカップにならなかったのか?

――12ある開催地のうち、大会後も活用されるであろうスタジアムが半分くらいしかないというのは、ちょっと衝撃的ですね。もう少し多いと思ったんですけど。

大野 難しいでしょうね。たとえばクイアバなんて、日中40度くらいの気温なので。そんな中でサッカーやりたくないでしょ(笑)。

――そんなに暑いんですか?

大野 暑い、すっごく暑いんです。アマゾンのマナウスは蒸し暑いんですけど、クイアバはもうちょっとからっとして、冬でも日によって40度くらいになるんですよ。何年かに一回くらい寒波が来ると、牛がびっくりして死ぬようなところです。いちおう州リーグとかあるんですけど、そんなところですからサッカーはあまり盛んじゃないですね。少なくとも、4万人のスタジアムにコンスタントにお客さんが入るとは思えない。

――とはいえ、サッカーが盛んな州や都市だけにスタジアムを作ればよかったかというと、それも難しい話ですよね?

大野 ブラジルの問題点としては、各州の州協会の会長が連盟会長の選挙の選挙権を持っていることです。彼らとしては「ぜひ、ウチの州でワールドカップを」と手を挙げる。一方の連盟会長としては、各州の協会にいい顔をしたいわけですよ。その結果として、12の新しいスタジアムを作ることになった。本当はもっとコンパクトにすることもできたはずなんです。

――10あれば十分できますよね。それなのに、サッカーがあまり盛んでないマナウスやクイアバ、あるいは人工的な首都のブラジリアにあれだけの巨額の投資をしてスタジアムを作ったのだから、そりゃデモも起こりますよ。サンパウロでもコンフェデ期間中、相当大規模なデモがあったようですが、怖い想いはしませんでしたか?

大野 ぜんぜん。そういうところに行かなければいいだけの話なので、何も身の危険は感じませんけど。でも、けっこういろんなところで封鎖になって、交通渋滞がひどくなったっていう影響はありましたね。

――デモに参加していた人たちの主張には、シンパシーを感じました?

大野 投資銀行が入っているので、確かに税金だけでスタジアムが作られているわけではないです。それでもお金があるんだったら、公立の病院や学校の質を向上させるとか、治安を良くするための投資とか、そういうところに使ってほしいというのは、こっちで暮らしていて感じますよね。

――ブラジルでは貧しい人々のために、無料の公立病院や学校があると聞いていますが、ここ最近はかなり質が低下しているそうですね。

大野 中流以上は学校も病院も無料の公立には行かないですね。医療の場合、特に田舎のほうに行くと、お医者さんが足りていないんですよ。で、あのデモがあった後に(ジルマ・ルセフ)大統領が何をしたかというと、キューバからお医者さんを連れてきたんです。

――え、キューバからですか? よくわからないですね(笑)。

大野 でしょ? 都市にはたくさんお医者さんがいますが、田舎は足りないという現状があります。でも、わざわざキューバから連れてくるよりも、国内のお医者さんの待遇をより良くするとか、都市部から地方にお医者さんが行きやすくする環境を整えるとか、もっとやりようがあるわけですよ。結局のところ、今のブラジルの大統領は左派で、キューバとの関係を良くしたい。そういうふうにして、問題がすり替えられてしまっているんです。すごいナンセンスな話ですよね。

――来年の本大会では、大統領が開幕宣言をすると思うんですが、ブラッター会長以上にブーイングがすごそうですね。

大野 まあ、そうでしょうね(苦笑)。大会期間中に、また大規模なデモがあるかもしれません。

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