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なぜ浦和レッズのレジェンドは腸内細菌のビジネスを始めたのか? 鈴木啓太(AuB株式会社代表取締役)【前篇】

 最近、わりと気になっているのが、浦和レッズのことである。

 前節を終えて9勝3分け9敗の10位(暫定)、ホームでは4連敗で得点はゼロ。確かに、この低迷をまったく予期していなかった人はいないだろうし、飛沫を飛ばしかねない試合後の「意思表示」を肯定するつもりもない。しかしながら大多数の浦和サポが、きちんとプロトコルを遵守しながらピッチ上の選手たちを後押ししているのも事実。その切なる思いが、なかなか結果に結び付かない状況には、いささかの同情を禁じ得ない。

 さて、今週と来週は浦和レッズのレジェンドである、鈴木啓太さんのインタビューを動画とテキストでお届けする。啓太さんは1981年生まれの静岡市清水区出身。東海大翔洋高校卒業後、2000年に浦和レッズに入団。2004年のアテネ五輪出場を目指すU-23日本代表ではキャプテンを務め、見事に予選を突破するものの、本大会に出場する18人の枠からは選外となった。イビチャ・オシムが率いていたA代表でも、度重なる負傷のためキャップ数は28にとどまり、代表に名を連ねたのは08年が最後となってしまった。

「日の丸」での不遇な面は否めないが、それでも啓太さんのフットボール人生が輝いて見えるのは、浦和レッズ一筋で16シーズンプレーし、多くの浦和サポから愛され続けたからであろう。そしてその間には、初のリーグ優勝(2006年)と2度の天皇杯優勝(05年と06年)、そして悲願のアジア制覇(07年)があった。鈴木啓太というプレーヤーの充実期は、そのまま浦和レッズの黄金時代と重なる。現役引退から2年後の17年、埼スタで盛大な引退試合が行われたのも自然な流れであったと言えよう。

 そんな啓太さん、現役引退後にバイオ系のベンチャービジネスを立ち上げたのは、わりとよく知られた話だ。現在の肩書は「AuB株式会社 代表取締役」。とはいえ、その事業内容をきちんと理解しているサッカーファンは、それほど多くはないように思える。今週の動画篇では、啓太さんが手掛けるビジネスの内容と、引退後にベンチャーの世界に飛び込んだ理由について語っていただいた。浦和サポの皆さんはもちろん、いわゆる「セカンドキャリア」に興味がある方にもぜひご覧いただきたい。(取材日:2020年9月8日@東京)

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