宇都宮徹壱ウェブマガジン

パリの同時テロをフットボール的に考える 特別対談 陣野俊史×千田善<前篇>

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(c)Tete_Utsunomiya

今号と次号は「年末特集」として特別対談をお届けすることにする。ご登場いただくのは文芸評論家でフランス文学者の陣野俊史さん、そして国際ジャーナリストで通訳・翻訳家の千田善さんである。陣野さんについては、昨年に上梓された『サッカーと人種差別』(文春文庫)の著者インタビューを徹マガでさせていただいているので、ご記憶の方も多いはず。一方の千田さんについては、もはや説明不要であろう。最近監修された『ぼくたちは戦場で育った』(集英社インターナショナル)は、密かな話題作として注目されている。

これが初対面となる陣野さんと千田さんに対談をお願いしたのは、11月13日にパリで起こった同時テロがきっかけであった。すでに事件から1カ月以上が経過しているが、その間に欧州のみならず世界のイスラム教徒やシリア難民への眼差しが大きく変わったことは周知のとおりである。テロの政治的・社会的影響については、すでにさまざまな視点からの言及がなされているが、徹マガではあくまでも「フットボール的な視点」を重視したい。そこですぐに浮かんだのが、陣野さんと千田さんであった。

フランス文学と音楽全般、そしてフランス・フットボールに造詣が深い陣野さん。そして長年にわたりユーゴスラビア紛争を追いかけてきた経験から、国際情勢や難民問題についての鋭い分析と示唆に富んだ提言を続けている千田さん。おふたりの対談から、2015年の国際情勢をフットボール的に俯瞰してみよう、というのが今回の企画主旨である。それではさっそく、キックオフといこう。(取材:2015年12月2日@東京)

■「フランス社会には亀裂ができている」

――今日はよろしくお願いします。この2015年という年は、1月7日のシャルリー・エブド襲撃事件で始まって、11月13日に起こった同時多発テロの余波に世界が揺れる中で暮れようとしています。いずれもパリで起こった事件なんですが、現地で生活した経験を持つ陣野さんは、どういった感想をお持ちでしょうか?

陣野 直近の11月13日の金曜日で言うと、スタッド・ドゥ・フランスでフランスとドイツの親善試合がありましたよね。そこで試合中に2回の爆発があった。22分と25分くらいなんですけど、爆音が聞こえた中でも普通に試合をやっていたんですよね。ただ、あの試合そのものはフレンドリーだったこともあって、それほど面白い試合でもなかった。ハーフタイムの時に『レキップ』紙がオンラインで試合の感想をアンケート調査していたんだけど、「眠りそうだ」というのが38%、「退屈だ」が25%、「平凡」っていうのが15%、「素晴らしい」というのが9%ぐらいしかなかった(笑)。

――そういうのをハーフタイムで出してしまうのが、いかにもフランスですよね(笑)

陣野 とはいえフランス代表も、コマンとかマルシャルといった若手を見極めたいという意図がありありで、「眠りそうだ」という感想ももっともだと思うんですよね。

千田 そんな試合が、別の意味で注目を集めてしまったと。

――爆発の瞬間のときの映像が何度もニュースでリプレイされていましたからね

陣野 単なる親善試合が違う大きな意味を持つということいえば、01年の10月にスタッド・ドゥ・フランスで行われたフランスとアルジェリアの親善試合を思い出しますね。ちょうど「9.11」の1カ月後くらいに行われたんですけど、アルジェリア系の若者たちがピッチに100人くらい降りてきてしまって、試合が続行できなかったんですよ。

――ありましたねえ、そんなことが!(参照)

陣野 あれは問題の立て方として、「フランスがきちんと植民地主義のことを清算していないので、政治的に鬱屈した若者たちがああいう行動に出た」という言われ方をされて、僕も最初はそう思っていたんです。でも今回の事件によって、違う見方ができるんじゃないかと。つまり01年の試合は、旧植民地と宗主国の試合という構図ではなくて、千田さんがどこかで書かれていた「非対称の戦争」というものが、実はあの時点で始まっていたんじゃないかと。

【千田註】非対称戦争とは、対称(国家対国家、軍隊対軍隊)ではない、不正規軍やゲリラなどを相手にした戦争。1990年代のボスニア戦争以降に注目され、とくにタリバンやアルカイダとの「戦争」が非対称戦争の例とされる。

――すでに14年前に、ですか

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