宇都宮徹壱ウェブマガジン

復刻版『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009』 羊の島に生まれて フェロー諸島<1/3>

 本題に入る前に、お断りとお詫びを。

 予告では今週は、マンチェスター・シティを30年にわたって愛し続けてきた、ライターの島田佳代子さんのインタビューをお届けする予定だった。しかし、諸事情により来月に延期。代わりのコンテンツとして、復刻版『フットボールの犬 欧羅巴1999-2009の中から、「羊の島に生まれて フェロー諸島」をお届けする。現地を取材したのは、今から20年前の2003年だ。

 その前に『フットボールの犬』について、事前に解説しておく必要があるだろう。何しろ書籍自体は、今から14年前の2009年の作品。最近の読者には、かつて私がヨーロッパの辺境地を渡り歩いていたことをご存じない方も少なくないからだ。

 本書の構成はこうなっている。

VOL.01 死者を巡る物語 スコットランド

VOL.02 エメラルドの島にて アイルランド

VOL.03 黒いポーランド人 ポーランド

VOL.04 大空位時代 ユーゴスラヴィア

VOL.05 ペルソナリタ イタリア

VOL.06 美しき未来へ オランダ

VOL.07 羊の島に生まれて フェロー諸島

VOL.08 バルティックカップ エストニア

VOL.09 テロとの共存 トルコ

VOL.10 少年アンドリーの原風景 ウクライナ

VOL.11 天国と地獄の間に スイス/トルコ

VOL.12 今は亡き祖国の記憶 旧DDR

VOL.13 ナントからニュルンベルクへ クロアチア

VOL.14 沈黙の掟 シチリア

VOL.15 島嶼化の風景 マルタ

VOL.16 変わるものと変わらぬもの ロシア

 久々に本書を手に取って、考えたことが2つある。

 まず、この当時(19992009年)の自分が、これほどヨーロッパを精力的に取材していたことである。どんなにマニアックな国であっても、サッカーの現場に行けば必ず何かしらの収穫があり、帰国後に掲載できるメディアはいくらでもあった(今回のフェロー諸島も、スポーツナビとサッカー批評で掲載している)。自分自身も業界も、まだまだ豊かで体力があったことを痛感せずにはいられない。

 もうひとつは、本書が受賞したミズノスポーツライター賞である。私の『フットボールの犬』は最優秀賞をいただくことができたが、この年の優秀賞となったのが『日本レスリングの物語』の柳澤健さん。『1985年のクラッシュ・ギャルズ』、『1984年のUWF』、『2016年の週刊文春』といったノンフィクションの書き手として、プロレスファンにはお馴染みの名前であろう。柳澤さんの旺盛かつ緻密な作品群を見るにつけ、自分が最優秀賞でよかったのだろうか、と考えることがしばしばであった。

 この『フットボールの犬』をはじめ、長年にわたり紀行的なフットボールの書籍を発表し続けてきた。いずれも、自分なりに精いっぱい取り組んできた作品ばかりだが、どこかで「自分の代表作となる本格的なノンフィクションを」という思いを、ふつふつとたぎらせてきた。その宿願も、何とか年内に達成することができそうだ。

 最新作が書店に並ぶのは、季節が夏から秋、さらに冬に移ろう頃になる。ただし、脱稿はもう間もなくだ。どうか、楽しみにお待ちいただきたい。

なぜ人口48000人の島がFIFA加盟国なのか?

 コペンハーゲンから2時間のフライトを経て、さながらバスターミナルのようにちっぽけなヴォーアル空港に降り立つ。窮屈な機内から解放されて「ウン!」と背筋を伸ばすと、6月とは思 えぬ冷たく湿った大気が鼻腔をくすぐった。視界に映るのは、コケのような草で覆われた岩山と、低く垂れ込めた乳白色の雲ばかり。空港の周囲は、民家もホテルも行き交う車もなく、ただ放牧された羊たちが悠然と草を食んでいる。本当にここでユーロ2004の予選が行われるのだろうか──。それが、フェロー諸島に降り立った時の第一印象であった。

 北緯62 西経7度。スコットランドとアイスランドのちょうど中間に浮かぶ、大小22の群島。 それが、デンマーク領フェロー諸島である。

 8世紀にノルウェーからやって来たバイキングによって開拓された島々は、14世紀後半にデンマークの支配下に入るも (最終的な帰属が認められた のは1852年)、地理的に遠く離れていたために固有の文化と帰属意識が育まれ、1948年に は内政自治権を獲得。独自の言語(フェロー語)、通貨(フェロー・クローネ)、議会、そして国旗と国歌を持ち、小さいながらも人々の独立精神は強い。 

 総面積は、無人島も合わせて1399平方キロ。 対馬の2倍ほどの土地には、48000人の人々と、それより多くの羊、さらに多くの海鳥が暮らしている。ちなみに「フェロー」とは、現地の言葉で「羊」を意味する。 

 この、総人口が東京・国立競技場の収容人員にも満たない「羊の島」は、しかしながらフットボールの世界では独自の協会(FSF)、国内リーグ、そしてナショナルチームを有した、FIFAの正式な加盟「国」でもある。 加盟が認められたのは1988年。あと数年遅かったら、旧ソヴィエト連邦や旧ユーゴスラヴィア連邦の解体と、それに伴う相次ぐ新国家樹立のあおりを受けて、加盟は見送られていたかもしれない。 

 以来15年。その間のフェロー諸島は、フットボールの世界の「端役」であり続けた。 

(残り 975文字/全文: 3099文字)

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