宇都宮徹壱ウェブマガジン

あえて「現役引退」にこだわらない生き方 元Jリーガー幸野志有人の現在地<1/2>

 今週は久々に、現役フットボーラーに登場していただく。といっても、現在は所属クラブなし。だからといって「現役引退」を宣言しているわけではない。その選手の名は、幸野志有人。1993年5月4日生まれで、今年29歳となる。

 幸野志有人は、FC市川GUNNERS代表を務める幸野健一氏の長男で、2006年に開校したJFAアカデミー福島の第1期生。16歳となった2010年にプロとなり、FC東京に入団している。しかし同クラブでは定位置を確保できず、さまざまなJクラブに期限移籍することとなる。

 FC東京に所属してから2016年までの間に、プレーしたのは5クラブ(大分トリニータ、FC町田ゼルビア、V・ファーレン長崎、ジェフユナイテッド千葉、レノファ山口FC)。その後、2017年に長崎に完全移籍するも、3シーズン目が終了した2019年のオフで契約満了。Jリーガーとしての彼のキャリアはいったん途切れることとなる。

 この時点で26歳。すでにプロとしてのキャリアは10年となっていた。初めて所属なしとなって以降、幸野志有人はさまざまなトライを繰り返している。Jリーグ合同トライアウト、関東2部でのプレー、そして2度の海外挑戦。10代の頃の周囲の期待を思えば、その後のキャリアに「あの人は今」的な眼差しを向ける人も少なくないのかもしれない。

 しばしの挫折と迷いの時代を経て、間もなく30代を迎える幸野志有人の現在地は、すこぶるポジティブだ。そしてカタールでのワールドカップが始まる直前、彼は渡英することが決まっている。単なる旅ではない。滞在期間は2年。当人いわく「5年後にはすごい人間になっている」ための2年と位置づけているという。

 近年、フットボーラーのキャリア形成は、実に多様化している。現役時代のうちにデュアルキャリアを意識する者もいれば、所属なしの状態でもあえて「現役引退」を宣言せずに新しい生き方を模索する者もいる。幸野志有人のケースは、そのハイブリッド。「現役引退→セカンドキャリア」というのは、今となっては古い考え方なのかもしれない。

 さまざまなJクラブでプレーしてきただけに、幸野志有人の「その後」について気になるファン・サポーターも少なくないだろう。間もなく渡英する当人に、キャリアのこれまでとこれからについて、じっくり語ってもらった。(取材日:2022年10月24日@東京)

<1/2>目次

*なぜ19歳での欧州行きを断ったのか?

*シーズン途中での南葛SCとの契約解除

*母は「せめて高校だけでも出てほしい」

写真提供:幸野健一氏

なぜ19歳での欧州行きを断ったのか?

──まずは近況から伺います。11月10日にイギリスに旅立つそうですが、抽選方式のYMS(Youth Mobility Scheme)ビザに申し込んだら当たったと父上から聞きました。どれくらいの倍率だったのでしょう?

幸野 聞いた話では、コロナ明けでめちゃめちゃ倍率高かったらしいです。普段だと20倍くらいらしいですが、今回は250倍くらいあったみたいです。しかも30歳という年齢制限もあって。逆に29歳の僕は、ラストチャンスということで、当たりやすかったのかもしれません。

──その前はドイツに行っていたんですよね?

幸野 そうです。去年の10月に日本を発って、やっとチームが見つかったのが今年の2月。ブレーメンの4部のクラブで半年間プレーして、今年の8月に戻ってきました。

──ドイツの次にイギリスというのは、どんな理由があったのでしょうか?

幸野 ドイツにいる時から「次はどこに行くか」を考えていたんです。代理人の方にも相談して、いろいろ当たってもらったんですけど、なかなか次のチームが見つからなくて。そんな時、イギリスのビザについて調べてみたら、YMSビザの存在を知りました。応募期間が迫っていたので、ほとんどノリで応募してみたら、本当にたまたま当たったという感じでしたね。

──それは良かった。向こうで学校に通うこともできるんですか?

幸野 学校に行ってもいいし、働いてもいいビザなんです。もちろん、サッカーで収入を得ることも可能だと思うんですが、純粋にサッカー選手としてイギリスに行くという選択したわけではないです。だったら、もっと違った国を目指していたと思います。

──それでも現地に行ったら、いちおうチームは探すんですよね? 

幸野 そうですね。ただ、ドイツ以上に見つけるのは大変だと思いますので、サッカー以外の収入はきちんと確保しておく必要はあります。幸い、今はアパレルブランドのほかにウェブデザイナーとしての収入もあって、特にウェブのほうはどこにいてもできる仕事ですから。いずれにせよ、フットボールのカルチャーがしっかり根付いている国で、サッカーを続けながら英語やビジネスのスキルを磨いていきたいと思っています。

──志有人さんが海外を目指すようになったのって、V・ファーレン長崎で契約満了になった2019年以降でしたよね? それ以前、海外移籍を具体的に考えたことは?

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