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広瀬一郎の功績を「スポーツマンシップ」から考える 【座談会】佐山一郎✕中村聡宏✕広瀬みなみ<2/2>

広瀬一郎の功績を「スポーツマンシップ」から考える 【座談会】佐山一郎✕中村聡宏✕広瀬みなみ<1/2>


■もし広瀬一郎が生きていたら、東京五輪延期をどう論じたか

──先ほど「広瀬さんが生きていたら、今のスポーツ界をどう見ていただろう」という話をさせていただきました。今回の東京五輪の開催延期に至るプロセスについては、それこそ広瀬さんがご存命だったら、あちこちのメディアに引っ張りだこになっていたと思うんです。果たしてメディアを通して、どんなことを言っていたのか──。もちろん詮無き話ではありますが、同世代代表の佐山さん、いかがでしょうか?

佐山 まあ、確かに詮無き話ですね(笑)。世代的な話で言うと、僕が1953年生まれで、広瀬さんは55年生まれ。僕らのすぐ上の世代って、全共闘活動をしていた人たちで、なおかつ日本の文化・芸術を引っ張っているという自負があったんですね。それで、その人たちと体育会運動部の人たちとの間には、深くて暗い川があったわけですよ。文科系出身の人たちから見て、体育会系出身の人たちというのは、決して愛すべき存在などではなかった。

 それから時は流れて80年代に入って、企業アマチュアの枠組みで耐え忍んでいた人たちが「プロに移行するにはどうすればいいんだろう」と模索するようになった。そんな彼らを、僕らは意気に感じて「応援してあげよう」という立場になったんですね。ところが、Jリーグが開幕したりワールドカップが開催されたりする中で、応援していた人たちが今度は「いかにも」の図に乗っている輩のように見え始めたわけです(笑)。

──佐山さんがその時代に書かれたものを読んでいるので、その感覚は非常に伝わってきます(笑)。ただ広瀬さんの場合は、文科系と体育会系の両方を、ほとんど違和感なく行き来していた印象ですよね。

佐山 2つ下の広瀬さんは、確かにバランス感覚が良かったと思いますね。僕の場合、東京のラジカルな文化叛乱世代だから、五輪なんかなくてもサッカーと野球とボクシングがあればそれでもう充足するんです。4年に一度の他種目を純情に見たいとも思わない。もちろん、「やめろ」とか「応援しない」とか言うつもりはないけれど。そんな話を広瀬一郎にぶつけたら、どんな反応があるのかなって考えることはありますね。

中村 実は広瀬さんって、あまり五輪に興味がないというのが僕の印象ですね(笑)。ワールドカップは大好きでしたけれど。そういう意外性というか、「そういうことを考えているんだ」って思わされることが、よくありました。広瀬さんの発想って、その時に読んでいた本とか観ていた映画なんかの影響を、かなり受けているようにも感じていました。いろんなものをインプットして、それを編集しながら自分の意見を構成してアウトプットしている印象でしたね。

広瀬 父が生きていたら、五輪に関してあちこちで悪態をついていたような気はします(苦笑)。延期決定に至るプロセスもそうですけど、今回の日本のコロナ対策についても、報道を見る限りだと後手後手に回っていますよね。この状況を見たら、どんなことを言うんだろうと考えています。シンガポールで暮らしている私ですら「こんなので大丈夫なんだろうか」って思うくらいですから。

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