いわきFCが「Jリーグに入らなくてもいい」と考える理由 安田秀一(株式会社ドーム代表取締役CEO)インタビュー<1/2>
取材場所として案内されたのは、広々とした会議室。壁面には、長嶋茂雄と王貞治の直筆サインが入ったジャイアンツのユニフォームが、きちんと額装して飾られている。14年12月、日本で最も有名なプロスポーツチームである読売巨人軍は、アメリカのスポーツ用品ブランドであるアンダーアーマーと5年間のパートナーシップ契約を結んだ。ほんの数年前では想像もできなかった、このマッチング。実現させたのは株式会社ドームであり、今回のゲストである安田秀一さんである。
ドームといえば、アンダーアーマーの日本における総代理店であり、いわきFCのメインスポンサーとして知られている。その創業者にして代表取締役CEOの安田さんには、来月発売のフットボール批評の取材でインタビューさせていただいた。原稿はすでに入稿済みだが、安田さんのお話は予想していた以上に示唆に富んだものだったので、独立したインタビュー記事として今回掲載する(もちろんフットボール批評編集部の了承はいただいている)。
今年の天皇杯では、福島県1部所属ながら一大旋風を巻き起こしたいわきFC。ところが、いわきFCのフロントは「Jリーグに入らなくてもいい」と考えている。もちろん所属する選手たちが、より高いカテゴリーでプレーしたいという思いがあるのは間違いないし、今年の全社(全国社会人サッカー選手権大会)でも全社枠を獲得するべく奮闘していた。そうした現場の思いは尊重するものの、いわきFCの社長である大倉智さんは(そして安田さんも)「Jリーグに入らなくてもいい」と明言している。
これまで私は、さまざまなアンダーカテゴリーのクラブを取材してきた。しかしながら、フロントが「Jリーグに入らなくてもいい」と言い切るクラブは(企業チームを除けば)いわきFCが初めてである。しかも今回のインタビューで安田さんは、Jリーグの理念や現状に対してはっきり異議申し立てをしている。過去、これほどまでにJリーグに対して「否」を唱えたのは、巨人の元オーナーの渡邉恒雄氏くらいしか思い浮かばない。
とはいえ、当時の渡邉氏のJリーグ(というより川淵三郎チェアマン)批判が多分に感情的なものを含んでいたのに対し、安田さんの言葉は非常に理路整然としており、Jリーグの理念を是としている私でも「なるほど、そういう考え方もあるのか」と納得できる部分が少なくなかった。そして今回のインタビューを通して、いわきFCが単に「日本のフィジカルスタンダードを変える」だけではない、もっと壮大な「画(え)」を描いていることも明らかになった。かつてないくらい、刺激に満ちた今回のインタビュー。ぜひ、最後までお読みいただきたい。(取材日:2017年10月10日@東京)
<目次>
*今の大学生はアスリートとしても優秀
*いわきFCを始めた理由は「物流センターの雇用」
*「同世代のヒーロー」大倉智との再会
*スクールや育成年代で儲けようとは思わない
*海外から謙虚に学ぼうとしない今の日本人
*「日本のスタジアム改革の雛形」をいわきに作る!
■今の大学生はアスリートとしても優秀
――今回、いわきFCの取材を続ける中で、どうしても安田さんにお話を伺う必要性を感じておりました。自分の中では、これまでの取材の「答え合わせ」というのが今回のインタビューの位置づけなんですが、よろしくお願いします。
安田 宇都宮さんのいわきFCについて書かれたものは、僕もよく読ませていただいています。非常にポイントを突いているというか、宇都宮さんが外側から見ていることって、僕の中では「正解」だと思っています。僕自身、「これが正解」みたいな確信があるわけではなくて、何事も仮説から入っているんですけど、宇都宮さんが外側から見て客観的に書いたものに正解はあるのかなと思っています。
――恐縮です。昨年1月の有明コロシアムでの「いわきFC事業構想発表」には、私も出席してコラムにも書いています(参照)。あれが私といわきFC、そして安田さんや大倉さんとのファーストコンタクトとなったわけですが、率直に言うと雲をつかむようなお話ばかりで(笑)。でもその後、いろいろ調べていくうちに、単に「大企業が莫大なお金を投資してJリーグを目指す」というストーリーではないことに気づきました。
安田 ウチの会社は、創業して3年目に「社会価値の創造」という理念を作りました。僕が会社を始める時にすごく考えたのが「ミズノもアシックスもナイキもある中で、なぜ自分がこれをやっているのか」ということだったんです。会社を作った初年度から利益を出していて、僕が最初に勤めていた三菱商事よりも収入を得ることができた。何となく自営業という感じだったら、それで十分だったんだけど、そうすると自分の中でのモチベーションのギャップが生まれてくる。じゃあ、もっと社会にとって役立つこと、価値のあることをやろうよ、と。それが「社会価値の創造」という社是を作った背景です。
――その「社会価値の創造」という理念を作ってから20年くらい経つわけですが、当時と比べて日本の経済もスポーツを取り巻く環境もかなり変化しています。安田さんは現状をどう捉えていますでしょうか?
安田 大きく言うと時代の変換期だと思っています。ミレニアル世代とその下にいるジェネレーションZ(参照)。ここのパワーを活用しているところは勝っているし、いまだに団塊世代の影響が強い業界や組織は負けていますよね。3週間前にアメリカに行ってきたんですが、人口のマジョリティが25歳から35歳のミレニアル世代。一番人口が多いところに政府の政策が集中するし、企業もそこにお金を突っ込む。そこの部分に、きめ細やかなマーケティングをしていかないと、生き残れないというのは向こうの企業は本能的にわかっています。
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