宇都宮徹壱ウェブマガジン

【新連載】中村慎太郎の「百年構想の向こう側へ」 vol.1 サポーターはJリーグを滅ぼそうとしているのか?

■元旦、味の素スタジアムにて

ところで、2016年1月1日は、天皇杯決勝を観戦した。対戦カードはガンバ大阪対浦和レッズである。妻と3歳の子供を連れて、味の素スタジアムの2階自由席に座った。この辺りは試合が見やすく、比較的空いている落ち着いた席であるため、家族連れでのんびりと見るには具合がいいのだ。しかし、列に並んでフライドチキンを購入して席に戻ると異変に気付いた。どうやら、ガンバ大阪のサポーターは、応援の中心地を自由席の二階に作るらしい。隣のブロックではトラメガを持ったサポーターが、観客を煽って応援への参加を呼びかけているのが見える。別の席を探そうかとも一瞬考えたのだが、満員のスタジアムで試合開始直前に、3人が並んで座れる席は存在しない可能性がある。探すだけ無駄だ。それに、ガンバ大阪のゴール裏なら問題は起こらないだろう。

「ゴール裏は聖域」「部外者立ち入り禁止」「応援する気がないやつはつまみ出す」。サポーター界隈を浮遊していると、この手の主張を目にすることも時々ある。そのことの是非はここで問うつもりはないが、普通にサッカーを見ている分にはまず問題は起こらないことを経験上知っているし、かつては荒れくれ者が集ったとされるガンバ大阪のサポーターも若くて真面目な人に変わってきているというような話も聞いていた(そして実際にとても感じの良い若者がトラメガを持っていた)。

予想通り、何の問題もなく快適に観戦することが出来た。ガンバ大阪サポーターの呼吸を感じ取ることが出来る席なので、妻や3歳児の子供も楽しそうに過ごしていた。チャントには、人の心を直接捕まえる何かがあるのだろう。力強い太鼓の音と、大勢の人の歌声を感じて、3歳児も両手を一生懸命振っていた。恐らくサッカーという競技の仕組み全くわからないはずだが、サッカースタジアムにいる楽しさは十分に感じ取れているのだろうと思う。

「がんばー がんばー もっといったれー」

などと舌足らずに真似している我が子を見ていると、サッカーチームを応援するという行為は「文化」としてこの国に根付いていくのではないかという予感がした。大人から子供までその場にいる人が自然と声を出して、身体を動かして参加したくなるのだ。

念のため言っておくと、子供がそのままガンバサポーターにならないように、帰宅後には再教育を施す。我が子は、2歳のうちから、色々なチームのチャントを覚えた。子供が喜ぶチャントは何だろうと歌って聞かせていたせいだ。彼のお気に入りは鹿島アントラーズ、清水エスパルス、松本山雅、アルゼンチンである。そのお気に入りの中に「ガンバ、ガンバ、もっといったれ!」が加わったようだ。

■浦和サポの奥様との会話

元々ガンバ大阪のチャントはイタリア語を駆使した非常に難度が高いものだったと聞いている。その頃、「もっといったれ」の部分は、「フォルツァ ガンバ イエ」と歌われていたのだそうだ。しかし、新スタジアムの建設計画が進む中で、ゴール裏にもっと多くのサポーターを呼び込まなければならないという危機感があり、チャントを改良していったのだとガンバ大阪サポーターの知り合いから聞いた。

最初はヨーロッパや南米の真似から始まったサポーターの応援は、少しずつ、着実に日本の各地へと根付き、元のものとは異なる独自のものへと変わっていこうとしている。我々は新たな文化が形成されていく過程を目撃しているのである。

味の素スタジアムの反対側は真っ赤に染まっていて、浦和レッズがゴールした時なんて広大な「赤い面積」が一斉に立ち上がって踊り始めた。これだけのサポーターが集まるクラブが日本にはあるのである。現場にいるとサッカーが不人気だとは到底思えないし、この楽しさが永遠に続くのではないかとすら思えてくる。ところで、浦和レッズのサポーターというと過激な人がいるようなイメージはあるし、実際にそういう人もいると思う。だが、ぼくが出会うのは大抵浦和のユニフォームを着ているだけの普通の人だ。

ガンバ大阪の優勝を見届け、スタジアムを出た。帰り道に、陸橋のところでエレベーターに乗った。子連れは荷物が多いのだ。そこに浦和レッズのサポーターの家族が3人乗り込んできた。真っ赤なユニフォームを着込んだ奥様は、試合結果が実に悔しかったようで「もー、嫌になっちゃうわね。今度こそはと思ったんだけど……。うーん、なかなか難しいわねぇ。」と大きな声で喋っていた。そこまで話し終えると、彼女はぼくのほうへ首を向けて「あなたはどちらの応援ですか?」と尋ねてきた。なかなか社交的な方らしい。

「ぼくは……、えっと。FC東京が勝ち上がってくると思ってチケットを勝っていたので、今日は中立なんですよ。」

と告げる。すると「ああ……、そういうパターンもあるのね。」と何度か頷いた。決勝で敗れた浦和レッズのサポーターには忸怩たる思いがあるだろうが、決勝の二つ前で負けてしまった我々よりもマシだ。あるいは、期待して決勝まで来たのに優勝を取り逃したのだから、我々のほうがマシかもしれない。難しいところだ。狭いエレベーターは何とも言えない不思議な静寂に包まれた。その空気がどうにも面白くて、ぼくと浦和の奥様は顔を見合わせて笑った。そして、数秒後にはドアが開いて、挨拶もせずに別れた。こういった小さな出会いは、毎試合とは言わないが結構な頻度であるのだが、その瞬間がたまらなく嬉しい。これは、我々だけが知っている小さな幸せなのである。

ぼくはJリーグが好きだ。すっかり好きになった。これほど充実感と幸せを与えてくれるものはない。非常に奥が深くて、死ぬまでずっとスルメのように味わい続けることが出来る。Jリーグを通じて多くの人と縁が出来たし、その中には一生続いていく関係もたくさんあるはずだ。だから、大まかにいうと、Jリーグのおかげで幸せな毎日を過ごすことが出来ていると断言してもいい。多かれ少なかれ、各クラブのサポーターだって、Jリーグのおかげで日々の生活が刺激的になっていることだろうと思う。

しかし!

Jリーグ界隈を浮遊するようになって約2年が経ったのだが、非常に気になることがある。

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