宇都宮徹壱ウェブマガジン

難民、ハリルホジッチ、そして人種差別 特別対談 陣野俊史×千田善<後篇>

前号に続き「年末特集」として特別対談をお届けすることにする。ご登場いただくのは文芸評論家でフランス文学者の陣野俊史さん、そして国際ジャーナリストで通訳・翻訳家の千田善さんである。前篇では11月13日にパリで起こった同時テロを中心に語り合っていただいた。後篇では、シリア問題を起点に、ハリルホジッチ、そして人種差別問題と話題は広がっていく。興味が尽きないおふたりの対談を最後までお楽しみいただきたい。(取材:2015年12月2日@東京)


(C)Tete_Utsunomiya

■なぜシリア難民はフランスでなくドイツを目指すのか?

――今回のパリ同時多発テロと関連して、今年はシリア難民のヨーロッパ流入が大きなニュースとなりました。フランスだけでなく欧州全体が、否応なくシリア問題とイスラム教徒に向き合うこととなったわけですが、個人的に注目していたのが、旧ユーゴが彼らの脱出ルートに組み込まれていたことです。20年前の内戦で多くの難民を出したかの地が、今度は難民を迎える側になっているという事実に歴史の皮肉を感じました

千田 今年の夏に、ベオグラード駅前の広場から隣接している大学の経済学部の広場など至るところに、何百、何千人単位のテント村みたいなのができていたの。セルビアはかつて、ボスニアやクロアチアから逃れてきたセルビア人の難民を受け入れてきているんです。ただその時は、大規模な難民収容キャンプは作らないで「民泊」っていう形がほとんどだった。乾いた地面に水が吸収されるような感じで、難民はセルビア社会の中に溶け込んでいったんですよ。

それで今度は、民族も言葉も宗教も違う難民が1日1000人単位でどっと来ているわけです。セルビアの人たちは難民に何が必要かっていうのは体験的にわかっているんですよね。今日は水を持っていってやろうとか、今日は寒そうだから毛布をあげようとか、誰かが呼びかけるわけではなく自発的にやっている。ただしシリア人も、ベオグラードが最終目的地ではない。

――それで、クロアチアかスロベニア経由でドイツに向かうわけですね

千田 そうなんだけど、ハンガリーとオーストリアにシャットアウトされて、クロアチアやスロベニアにどんどん溜まっていくというのが現状ですよ。

――ずっと不思議に思ったのは、ドイツは難民を受け入れるのに積極的な国であることはシリア人も知っていたわけですけど、フランスに行きたいという難民は決して多くないですよね? あれはなぜでしょうか?

陣野 たぶん、評判が悪いんじゃないですかね。おそらく移民に対する隔離政策というか融合できない状況とか、いろんなことが情報として伝わっていると思います。

千田 ドーバー海峡に面したカレーという港町にも難民キャンプがありますが、何千人もいる人の中に難民申請をフランスにしている人はほとんどいなかったみたい。みんなドーバーの向こう側のイギリスに行きたがっていたんですよね。そしたら漏電でキャンプが火事になって、「襲撃された」というデマになって。

陣野 ただの火事だったのに、テロの報復でフランス人が放火したという、明らかなデマが起こりましたよね。

千田 それが日本でも写真が出回って、でもテロの前の火災の時の写真だったという。流言飛語って本当にネット時代にはよくありますね。

陣野 どうして難民の受け入れ先としてフランスに人気がないのか、なんとなくわかる気がします。結局、有効な手立てが打てないまま「フラクチュール」って言うんですけど、社会の亀裂を残したまま今に至っていますから。

千田 そういうことが報道されていて、フランスには問題があるっていうのは。シリアのインテリ層も知っているんでしょうね。ドイツはネオナチの問題をうまく隠しているんだろうけれど。

陣野 あれ、抑えているんですかね? 報道管制じゃないだろうけど、事件としてはないとは言えないですよね。

千田 ないとは言えないですよ、ナチスを生んだ国だからね。そういうのをうまくやっているのか、それとも知らせていないだけのかもしれないけど。いずれにせよ、シリア人にしてみれば「ドイツに行けばなんとかなる」っていうイメージはあると思うんですよね。

ちなみに旧ユーゴスラビアのロマ人(いわゆるジプシー)がドイツに行って難民申請すれば、受け入れられるかどうかが決まるまで6カ月間、日本円で15万円ぐらいの手当が出るんですよね。その間に冬を越して、貯金もできる。そういうのが難民全体の2割から3割くらいいるとも言われていて、それはドイツにとっても本当のシリア難民にとっても迷惑な話なんですよ。

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