宇都宮徹壱ウェブマガジン

代々木公園がエル・モヌメンタルになった日  リーベルサポーターの決起集会に感じたこと


(C)Tete_Utsunomiya

 FIFAクラブワールドカップ決勝を前日に控えた先週の土曜日、カミさんを連れ立って代々木公園に行ってきた。南米王者リーベル・プレートのサポーターが、決勝を前に決起集会を行うという情報がSNSで回ってきたからだ。サンフレッチェ広島との準決勝を前に、夜の道頓堀をリーベルサポが占拠している映像を見て「いいなあ、うらやましいなあ」と思っていたので、これは行くしかないと決断。カミさんを連れていったのは、彼女にも「ワールドカップの熱狂」というものを触れてもらいたかったからだ(誤解している人もいるようだが、私の海外取材にカミさんが同行したことはこれまで一度もない)。

JR原宿駅に到着すると、いるわいるわ、白地に赤タスキのレプリカユニを着たアルゼンチン人が、渋谷方面から、新宿方面から、青山方面から、続々と代々木公園に向かって行進していく。われわれのすぐ近くを歩いていたのは、「一番」という漢字が入った日の丸ハチマキを、お揃いで巻いていた家族連れ。リーベルサポは、どこで入手したのか「一番」とか「合格」とか「神風」などと書かれた日の丸ハチマキを好んで頭に巻いている。しかし残念、その家族連れは全員が「一番」が逆さまになっていた。見かねたカミさんが、身振り手振りで修正に成功。意外と度胸があるなあ、と感心する。

やがてわれわれは代々木公園に入り、難なく決起集会の中心地を見つけることができた。所狭しと貼られた横断幕(リーベルサポは、懸命に木によじ登って巨大な横断幕を貼っていた)。ワールドカップでたびたび耳にしたアルゼンチン特有のチャント。そして少し焦げ臭い発煙筒の匂い。最も騒ぎが大きい方向に視線を移すと、何やら公園の施設(「機械室」と書かれてあった)の上で、20人ほどのリーベルサポがチャントを歌いながら飛び跳ねている。「イナバの物置でもないのに、大丈夫かしら?」とカミさん。確かに、あれだけの人数がジャンプして、天井が抜けないか心配だ。

リーベルサポの盛り上がりと行動様式については、ある程度は想定内であった。むしろ意外だったのが、現地でサッカー仲間や仕事仲間に何人も出くわしたことである。今季のJリーグが終了して間もない週末ということで、皆さんちょっと退屈していたらしい。とりわけFC東京を応援している友人たちは、老いも若きも元気いっぱいに弾けまくるリーベルのサポーターの姿に「ウチもいつかはああなりたいね」と羨望の眼差しを向けていた。

その後、いったん代々木公園を出て、原宿駅の近くで友人数名とお茶を飲んでから帰路についたのだが、原宿の駅前はリーベルサポと交通整理の警官たちとがせめぎ合う、騒然とした状態となっていた。といっても、それほど殺伐とした雰囲気ではない。信号が青になるたびにリーベルサポが横断歩道で飛び跳ね、彼らが車道に広がらないように警官たちが押しとどめる。そして信号が赤になると、それぞれ歩道に帰陣し、青になると再び押しくらまんじゅうが始まる。もちろん取り締まる側は真剣そのものなのだが、何だか微笑ましい光景に見えて仕方がなかった。

道頓堀と代々木公園で、エル・モヌメンタル(リーベルのホームスタジアム)のゴール裏を再現してみせたリーベルのサポーターたちは、バルセロナとの決勝で0−3と完膚なきまでに叩きのめされると、静かに祖国アルゼンチンへと帰っていった。まるで季節外れの嵐のような、地球の裏側からの来訪者たち。報道によれば、コンビニで万引きや暴行を働いた不届き者もいたようだが、少なくとも私たちが代々木公園で出会ったリーベルのサポーターは、極めて友好的で親しみが持てる人々であった。

また彼らは、日本でただ馬鹿騒ぎをしていたわけでない。広島の森保一監督は、3位決定戦の試合後の会見で「リーベルのサポーターが(大阪での準決勝のあとに)広島に観光に行き、原爆ドームや平和公園を訪れてくれた」と語っている。実際のところ彼らは、開催国代表とそのホームタウンにも一定以上の敬意を払ってくれていたようだ。今回の旅が、彼らにとって日本という国を(国民性や歴史や文化も含めて)理解する契機となったのであれば、日本人のひとりとして嬉しい限りである。
(参照)

スポーツナビのコラムにも書いたが、05年に復活したFIFAクラブワールドカップは、回を重ねるごとに「クラブ世界一決定戦」としての認知度とステイタスを高め、わずか2試合のために地球を半周すること南米のサポーターも珍しくなくなった。そしてスポーツツーリズムや開催国の人々との交流という意味でも、クラブワールドカップは「よりワールドカップらしくなった」と言えよう。今回来日したリーベルサポの喜びと誇りに満ちた表情を見ていて、その思いを新たにした次第だ。

とりあえず来年もまた、この日本でクラブワールドカップが開催される。来年はどんなチームが大陸チャンピオンとして出場し、どんなサポーターが大挙してやってくるのだろうか。そして来年出場するJクラブ(できればアジア王者として出場してほしいのだが)は、世界を相手にどこまで戦えるのだろうか。2017年以降は、再び大会は日本から離れる(今後、いつ戻ってくるかはわからない)。それだけに来年のクラブワールドカップは、スタジアムの内外にかかわらず大いに楽しみたいものである。

<この稿、了>

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