中野吉之伴フッスバルラボ

【現地取材】今度こそ本当に本気で原点に立ち返ることができただろうか。ナーゲルスマン監督のドイツ代表改革に迫る

ドイツとして「ありがとう」を - カイザー フランツ ドイツサッカー界最大の功労者に最大限の敬意を送る

▼ レジェンドとの別れ

2024年はドイツにとって、1974年西ドイツW杯で優勝してから50年というメモリアルイヤーにあたる。

そして優勝チームの主軸であり、《皇帝》の異名で世界サッカーに君臨したフランツ・ベッケンバウアーが亡くなったのが今年の1月7日。3月26日に行われたオランダ代表との親善試合は、他界後最初のドイツでの代表戦となった。

24年2月20日に死去した90年W杯優勝メンバーのアンドレアス・ブレーメの追悼とともに、試合前にはドイツサッカー界最大のレジェンドを偲び、功績をたたえる映像が大型ビジョンに映し出される。現役時代の映像のほかに、90年W杯優勝に導いたベッケンバウアー代表監督の姿、そして決勝のアルゼンチン戦で見事に沈めたブレーメのPKシーンが続く。映像が終わったあと、スタジアム中のファンから自然発生的に大きな、大きな拍手が沸き起こった。

静かな黙とうではない。偉大な功績を遺した先人に心からの感謝とリスペクトの思いを込めて、スタジアムに集まった人々が、そしてきっとテレビの前で何千万人のファンが拍手を送ったことだろう。グッとくるものがある。僕も、ドイツで暮らす一人のサッカー人として手をたたき続けた。

だがレジェンドに送るべきは拍手だけではなく、紛うことなきドイツサッカーが復活した姿。54年、74年、90年、2014年と4度のW杯優勝、72年、80年、96年と3度の欧州選手権優勝を誇るドイツ代表として戦うことの覚悟と決意がピッチ上で見られなければならない。

14年W杯優勝後、「自分達は世界を引っ張る存在になる」という意識が強くなりすぎた。その後戦績が伴わなくても、「自分達にはポテンシャルがある」という言葉に逃げ込みすぎてしまった。

だがサッカーはそんな簡単なものではない。過去の実績や選手の名前が優先されたり、実験的な布陣で試合をしてはふがいない結果を悲しむばかりで、チームとしての熟成が進まない日々が続いてしまう。自陣からボールをつないで明確かつ精巧に攻撃の起点を作れる状態でもないのに、ビルドアップからの展開にこだわっては自滅を繰り返す。ボールを失うことを前提としていないからあっという間にスペースへの侵入を許し、いともあっさりと失点を繰り返してしまう。

最たる例はヴォルフスブルクで行われた日本代表戦だろう。誰も確信を持ってプレーができていない。なのに確信を持ってプレーしないとできないことを求めてプレーをしている矛盾。

指揮権がハンシィ・フリックから暫定監督ルディ・フェラーを経て、ユリアン・ナーゲルスマンへと渡っても、そこにあるビジョンに大きな変化がないまま進んでいく。前提条件を疑わないのか、疑ってはならない何かがあるのかと勘繰らざるをえないほどに。

だが、ナーゲルスマンはやはり優れた指導者だった。11月トルコとオーストリアに連敗を喫したあと、ナーゲルスマンは何度も自問自答を繰り返し、スタッフと入念な分析を行い、あるべき姿の差異に焦点を当て、そして確固たる決意をもってチームの姿を具現化したのだろう。

サッカーというチームスポーツで安定感のある守備と連続性のある攻守のバランス、そして意外性のある攻撃を生むための方程式を簡略化させた。

スキルと戦術を全て兼ね備えたGK、守備力のあるCB、バランス能力に長けた右SB、推進力のある左SB、コントロールに長けたゲームメーカー、汚れ役ができるボランチ、変化をもたらすオフェンス陣、ボールを収め、裏への抜け出しができるFW

そのための大事なピースとしてレアルマドリードで何年も主力として活躍し、CL優勝5回の経歴を持つトニー・クロースにコンタクトを取った。21年欧州選手権後に代表引退を表明し、その実力をなぜか過小評価されることに嫌気を指していたクロースだが、母国開催を前に代表への意欲がまたフツフツとわいてきたことはドイツにとって大きなニュースとなった。

ナーゲルスマンは990日ぶりとなるクロース復帰が意味する大きさを何度もアピールし、「なぜか《横パスのトニー》という呼び名をつけられることが多い。だが、今日でもまだクロースのことをそのように書くものがいたら、それはサッカーについてまったく知らない人だ。統計でも示されている。相手選手をどれだけ攻略できたかを示す数値で彼はヨーロッパでベストのミッドフィルダーだ」とチクリ。

元ドイツ代表監督ヨアヒム・レーフはクロースのことを「誰もが気づかないスペースを見つけられる」「ピッチ上を他の誰よりも俯瞰的に見ることができる」「攻守の方向付けが極めて卓越している」「どれだけのプレッシャーを受けてもまるで慌てることがない」と最大限の評価を口にしている。

この日は4万8000人強でチケット完売

▼ クロース復帰がもたらした恩恵

実際にフランスとオランダ戦では代表を離れたことなど一度もなかったと思われるほどに、中心選手としてチームを見事に操舵。フランス戦でフロリアン・ビルツ(レバークーゼン)が開始8秒でゴールしたニュースが世界中に流れ、狙い通りにアシストしたクロースの巧みさ、そしてその後試合を卓越にコントロールするそのオーガナイズ力に称賛の声が集まった。

一方でナーゲルスマンは「競り合いでの強さと運動量にも素晴らしいものがあった。どこにいるべきかの認知判断が極めて高い」と守備での貢献にも言及。クロースの負担を減らすためにハードワーカーでありながら、技術レベルにも優れたロベルト・アンドリヒ(レバークーゼン)とのコンビが機能した背景には、クロース自身が攻守に抜群の動きを見せていたことが挙げられる。

一昔前だと34歳はハイインテンシティのサッカーに対応できないことが少なくなかった。だが、最近は科学的なトレーニングがさらに発達し、選手のコンディショニング調整力は非常にハイレベル。40歳でプレーする長谷部誠という選手もいるし、クロアチア代表には37歳で位までに鋭い動きを見せるクロアチア代表ルカ・モドリッチだっている。ケガさえしなければ選手は30過ぎてからもさらに成長できる時代なのだ。

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