中野吉之伴フッスバルラボ

【フッスバル】《心を整えよう》と思うのは心が揺らいでいるから。「キチはキチらしくていいんだよ」と言ってもらえた言葉を思い出した24年目の始まり

▼ 24年目がスタート

4月2日は僕にとって節目の日。
2001年に成田空港からフランクフルトへと飛び立った日。

ドイツへ渡って満23年となる。渡独した時の年齢が23歳と8カ月ということは今年の11月に日本歴とドイツ歴が一緒になるというメモリアルイヤーを迎える。

思えば遠くに来たもんだし、思えばいろんなことがあったもんだ。

拙著「3年間ホケツだった僕がドイツで指導者になった話」の中でも渡独後の歩みは結構詳細に振り返ったし、このフッスバルラボの《きちログ》でも時折振り返っては書いている。今も記憶に鮮明に残る出来事は数多くあったけど、改めて思うのは、僕のいまを形作っている要素の多くって、そうした彩り豊かな思い出よりも、何気ない毎日の積み重ねなのだなということ。

僕は基本的に感情的な人間だと思っている。

本来の僕は多分に完全主義者で、ある程度以上イメージ通り、自分が許容できる範囲内で物事が進まない、とちょっとしたことでイライラするし、不満を顔に出してしまう。

それって大人として、そして育成指導者としてよろしいことではないことは十二分にわかっているから、そうした自分が出にくいように準備を大事にしているし、同時に感情コントロールできるような対処法にいろいろ取り組んでいる。

「心にゆとりを持つことが大事で、心がゆとりを持てるような環境整備が大切」と僕がよく口にしているのは、僕自身がゆとりがないことと日々向き合い続けていることの表なのだ。

いろんな経験を積み重ね、いろんな学びを取り入れて、自分のマインドと心を最適化するのはだいぶできるようになってきたとは思う。笑顔でゆとりをもって、子どもたちと向き合えるときの感触の確かさはどんどん増えてきている。

でも、いついかなる時もうまくいくなんてことはなくて、いろんなことに追われて、頭の中で、心の中で、うまくかじ取りすることができないまま次の仕事や予定に取り組んで、案の定どこかで躓いて、普段だったら笑い流せることが笑い流せなくて、なんてことはやっぱりある。

仕組み作りってだから大事なのだって毎回思う。

指導者は孤独って言われるし、確かにそうなんだけど、すぐそばに一人でも愚痴相手がいるとだいぶ変わる。口にできないことを口にできることがどれだけ心にとって大事な機会なのか。

先日取材先で、指導者仲間でもある友人が車に乗っけてくれたんだ。1時間弱のドライブで、気が付いたら僕はここ最近ため込んでいた愚痴を口にしていた。

「イライラして子どもにいっちゃうことがあるんだよね。タイミング悪くてそういうのが我慢できなくなる時があるんだよね。こんだけやってるのに、助けてもらえなくてつらいと思う時があるんだよね」

(残り 2498文字/全文: 3611文字)

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