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「サッカーを変える、人を変える、奈良を変える」 中川政七(奈良クラブ代表)インタビュー<1/2>

 3月17日に開幕したJFLは第2節が終了。ソニー仙台FCと東京武蔵野シティFCが連勝して1位と2位につける一方、連敗スタートとなった奈良クラブとテゲバジャーロ宮崎がボトムに沈んでいる。まだシーズンは始まったばかりではあるが、奈良クラブについては昨年暮れにフットボール批評の取材で現地を訪れていることもあり、ここからどう巻き返していくのかに注目している。

 今週は、奈良クラブの代表を務める、中川政七さんのインタビューをお届けする。フットボール批評の取材でインタビューしたものだが、例によって「専門誌の原稿だけで終わらせるのはもったいない」ということで、独立したインタビュー記事に再構成した。まずは中川さんのプロフィールについて、同誌から引用しよう。

 そんな奈良クラブが、昨年10月に新会社を立ち上げてトップチームの運営を移管。その代表取締役社長には、中川政七商店会長の中川政七、44歳が就任することとなった。

 中川政七商店は、300年以上前の1716年(享保元年)に奈良で創業した。手績み手織りの麻織物を扱う老舗で、中川はその十三代目。昨年3月、創業から初めて中川家以外の女性を新社長に据えると、自らは経営の第一線から退く。そして次なる転身先が、サッカークラブの社長であった。

 中川政七商店が、2011年から奈良クラブのユニフォームをデザインしていたことは、ドメサカファンの多くが知っていることだ。そして中川さんご自身、実は熱心なサッカーファンであったことも何となく耳にしていた。とはいえ、中川政七商店の社長を辞して奈良クラブのトップに就任することは、さすがに私も予想することはできなかった。

 これまでにも多くのメディアに露出し、最近もアエラの『現代の肖像』に登場したばかりの中川さん。取材するメディアの切り口も「ビジネス」「ブランディング」「伝統工芸」「地域経済」とさまざまだ。そんな中、当WMは「アンダーカテゴリーのサッカー」という独自の切り口から、この人の本質に迫ってみた次第。さっそく中川さんにご登場いただくことにしよう。(取材日:2018年12月25日@奈良市)

<目次>

*奈良クラブ社長就任は「人生二度目の転職」

*「フロンターレよりも興奮」した関西リーグ

*「奈良劇場総支配人」というコンセプトの是非

*JFLの選手が高いレベルのサッカーを見ない理由

*「23歳のGM」誕生に込められた思いとは?

*マーケティングではなくブランディングで勝負!

■奈良クラブ社長就任は「人生二度目の転職」

──年末のお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。12月9日に東京で新体制発表会参照が行われましたが、その直前に中川さんがさまざまなメディアに露出していたのが印象的でした。かなり狙っていたようにも見えたのですが。

中川 そうですね。11月26日に(新体制発表の)プレスリリースを出して、同じタイミングでNewsPicksさん。その後も日経クロスメディアさん、さらにfootballistaさんでも6日連続で取り上げていただいて、それから記者会見という流れでした。いずれも僕が全部、事前に仕込んでおきました(笑)。

──なるほど。当然、それぞれのメディアでの見せ方にも違いを出していたかと。

中川 たとえばNewsPicksさんの独占インタビューでは、JFLのクラブが株式会社を作ったことについて、「それがどういう価値があるのか」ということをきちんと伝わるようにしました。9日の集客に関しても、ビジネスだったり、デザインやクリエイティブだったり。サッカーファンだけを集めるのではなく、そういった分野に興味がある方々にも来ていただきたかったので、それぞれに響くような媒体を選ぶようにしていました。

──結果として当日は満員御礼となったわけですけど、中川さんご自身も何かしらの反響や手応えを感じることはありましたか?

中川 わかりやすい例を挙げると、Twitterのフォロワー数がこの1カ月で倍になりましたね。それまで僕がいた工芸の世界とサッカーの世界とでは、世間における興味の度合いがだいぶ違うということを痛感しました。僕が社長を務めていた、中川政七商店以上にサッカーはパブリックなものであるということを、より意識するようになりました。

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