宇都宮徹壱ウェブマガジン

「日本人監督でアジアカップを制していない」の真意 日本を支えた一体感と決勝で露呈した「同質性の限界」

 2月1日のアジアカップ決勝から、間もなく1週間になる。帰国したのは3日の午後だったが、iPhoneでニュースをチェックすると、サッカーファンの話題はすでに「ベシクタシュの香川真司が2ゴール」に移っていた。いつまでも日本代表の敗戦を引きずるのは、決して健康的とは言い難い。けれども、日々の忙しさに飲み込まれて忘却する前に、今一度あの敗戦の意味するところを確認しておきたい。なお今大会の日本が、決勝以前と以後ではまるで異なって見えてしまうことについては、やはり留意すべきだろう。よって「決勝以前」については、来週に総括対談を予定しているので、そちらをお待ちいただきたい。

 結局のところ日本は、日本人監督でアジアカップを制していない、という事実。

 日本がカタールに13で敗れた直後、私はこのようなツイートをしている。その後、監督会見の取材などがあり、ツイートの反応を確認したのは、しばらく経ってからであった。リツイートが925、「いいね」が1680という、私にしては珍しく多くの反応があった一方、いくつか異論のコメントもいただいている。主旨としては「そんなこと言ったら、オシムもアギーレもアジアカップで優勝していないですよ」、あるいは「日本人監督でアジアカップに挑んだのは加茂さん以来だからフェアではない」というものであった。

 いくらTwitterとはいえ、少し言葉足らずだったなと反省している。そもそも「外国人監督だったらアジアカップで優勝していた」なんて言うつもりはないし、森保一監督には日本代表を率いる日本人指導者として、初のアジアカップを獲得してほしいと心から願っていた。思えば92年の初優勝以降、日本にとってのアジア制覇は、常に新たな挑戦の連続であった。2000年のレバノン大会は「国外で初めて」、04年の中国大会は「ヒール役として初めて」、そして11年のカタール大会は「ワールドカップ翌年開催で初めて」、日本はトロフィーを掲げている。そして今大会はまさに「日本人監督で初めて」が懸かっていた

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