中野吉之伴フッスバルラボ

【現地取材】最高レベルのCL準決勝。フュルクルクの決勝ゴールにファンが歓喜。サッカーの魅力を心の底から堪能した夜

▼ 13年以来のCL準決勝

何かをかけた戦いにはヒリヒリとした空気感が漂う。

己のプライド、己の存在、己の過去

それぞれの思いをそれぞれにではなく、未来の扉を開くためにそのすべてをクラブに集めて大きな力と変える。スタジアムはそのための巨大な箱となる。

ボルシアドルトムントの本拠地シグナルイドゥナパークは80000人強の収容力を持つ世界最大規模のスタジアム。大きいだけではない。多いだけではない。ここは本物のファンが集う場所だ。

物見遊山で試合観戦に訪れる観光客も確かにいる。だが、ほぼすべての観客が本気でチームの勝利を願い、応援する。声が集まり、空気を切り裂き、無限の力を生み出していく。そのすごさを実感できる場所でもあるのだ。

スピリチュアルな響きがあるかもしれないが、これは事実だ。

世界中から注目される一戦だけに報道陣の数も多いし、とても国際的。記者席だけでは数が足らずに一部の記者にはオブサーバー席を振り分けられることに。テーブル席ではないので、パソコンで仕事をしながらはできないが、ファンの熱気ど真ん中で試合がみられるのだから、僕からしたらこれ以上の席はない。

席について周りを見渡す。ほぼすべてのファンがドルトムントのユニフォームをきている。

デデやロシツキがいた。ギュンドアン、シャヒンやスボティッチがいた。ミキタリアン、オーバメヤンやベリンガム、そしてもちろん香川もいた。

この日、テレビ解説としてきていた元ドイツ代表のエリック・ドゥルムは「僕はずっとドルトムントっ子だったから。ここは僕の故郷」と話していたし、指導者仲間でドルトムントU23監督も務めていたヤン・ジーベルトは「ここでは生まれたときからみんなドルトムントファンなんだ」とつぶやいていたのが今も心に残っている。チームを離れてもその思いがつながり続ける。それがアイデンティティというものだろう。

相手チームPSGには元ドルトムント選手が2人いる。アクラフ・ハキミとオスマン・デンベレ。どちらも主力選手として長く活躍した。貢献をたたえる拍手も多かったと感じる。でも試合となるとそれはそれ。

快足を飛ばして駆け上がったハキミを、カリム・アディエミが追いつき身体ごとぶつけてぶっ飛ばす。ファールはない。思いっきりわくスタジアム。立ち上がってガッツポーズを繰り出すファンが多い。

半端ないスピードが魅力のアディエミは、野性味あるパワーが暴走しがちなのが問題だった。制御するためには己を磨くしかない。この試合では守備でも長い距離をダッシュで何度も走って、ファールを受けても文句も言わずに戦っていた。ひょっとしたら一皮むける瞬間に立ち会えたのかもしれない。

スタジアムに喜びと驚きと期待が爆発的に生まれたのが36分。ドイツ代表FWニクラス・フュルクルクが抜け出すと、パーフェクトなトラップから流れるようなシュートでゴールネットを揺らした。シグナルイドゥーナパークが揺れた。感情表現的なものではなく、ここには実際にマグニチュードがある。

80000人強を収容し、ゴール裏だけで27000席。彼らが一斉に飛び跳ねるのだから、スタジアムそのものが本当にグラグラと揺れる。周りのみんなが心の底から吠えている。

喜びの感情が爆発する中、目の前の席のファンが戻ってきた。トイレに行ってこのゴールを見逃したのだ。何という不運!一緒に観戦していた息子が、「パパ、なんでこのタイミングで…」と苦笑いしながらもハグをすると、その前に座っていたファンは「頼む!もう一回トイレに行ってくれ!もう一点入ると思うから!」と本気で嘆願している。

その気持ちもわかるけど、パパはゴールみれないじゃないと思っていたら、笑いながらもう一度行こうとして、息子に止められていた。こうしたやり取りが面白い。

「ボルシアはジェネレーション、男性、女性、そしてすべての国を結びつける」まさに!

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