中野吉之伴フッスバルラボ

【ゆきラボ】言語化できない痛み

こんにちは。ドイツの日常コラムゆきラボです。
今週はお休みを予定していたのですが、無料で読める短い記事を一つ書かせてください。

10月後半から11月にかけて、フライブルクの街に何か所かある記念碑や追悼施設が、カラフルな花で彩られます。フライブルクやその周辺に住んでいたユダヤ人が強制連行されたことや、ユダヤ人の集まる施設を狙った暴動が起こったことを記憶にとどめ、理不尽に奪われた命や人々の暮らしに哀悼の意を捧げるためです。詳しくは過去の無料記事もご参照頂ければと思います。

【ゆきラボ】ギュルスという村を知っていますか。決して忘れず、決して繰り返してはいけない歴史

冬に向けてどんどん天気が悪くなり日が短くなっていく、鉛色の季節の中で、その花はぱっと目を引きます。映画「シンドラーのリスト」の女の子の服のように。

今年も旧シナゴーグ広場に花が供えられているのは何度か目にしたのですが、例年と少し様子が違うように感じました。広場にある記念碑がぐるりとフェンスで囲まれているのです。

フェンスの内側にはびっしりとポスターが貼られ、花が添えられています。太字で「誘拐」と書かれた写真入りのポスターにはこんなメッセージが続きます。

「10月7日、イスラエルから200人以上の罪のない市民がガザ地区内へ誘拐されました。3000人以上の女性が、男性が、生後3か月の子どもから85歳のお年寄りまでが、ハマスによって傷つき、殺され、暴力にさらされ、人生を無慈悲に奪われています。このポスターを写真に撮って拡散してください」

ポスターに写っている中には3歳の子どももいれば、私の息子たちと同年代の子どももいました。見れば見るほど重苦しさがのしかかってくるような写真の列でした。イスラエルの人たちの恐怖や苦痛を訴えるポスターを前にしている私は、同時に、ガザ地区のパレスチナ人が、連日の空爆にさらされ、食料も水も医薬品も何もかもが不足する中で逃げることもままならずにいることも知っています。ちょうど同じ日の朝、赤ちゃんを抱いて、ガレキの中に立ち尽くす女性の写真をニュースで見たばかりでした。

なんだろう。なんなんだろう、これ。私が目にしているこれは一体なんなんだろう。

胸の中から吹き上がってくるようなこの重苦しさを表す言葉を一生懸命探してみたのですが、見つかりません。

ここは、多くのユダヤ人が命を奪われたこと、その一人一人に名前があり、顔があり、愛する家族や友人がいて、それぞれの人生があったことを決して忘れるなと伝えるための場所です。同じ場所で、現在進行形で真新しい顔写真入りのポスターが貼られていきます。封鎖されたガザで傷ついて亡くなったパレスチナ人一人一人にも名前があり、顔があり、愛する家族や友人がいて、それぞれの人生があったはずです。彼らのためのポスターもまた、どこかにあるのでしょうか。

重苦しい気持ちの整理がつかないまま、ひとまずここで起こっていることを伝えて今週のゆきラボとしたいと思います。お読みくださりありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

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