中野吉之伴フッスバルラボ

【きちログ】ライターをする前の通信員時代の話。どんな仕事をしていたの?

▼ 通信員とライターの違い

先日、某メディアから取材の依頼があった。

取材をした後それをもとに僕が記事を書くわけではなく、「現在記事にとりかかっているライターがいるのだが、必要な選手や監督コメントがなかなか取れないので協力してもらえたら」とのことだった。なるほど、そういう依頼パターンもあるのか。興味深い。

通信員時代を思い出す。

あの頃僕はいつも、誰かのためになるかもしれないコメントを集めるために、ドイツ中を奔走としていた。

通信員の仕事というのは基本的にまず新聞読みがある。仕事を始めたばかりの2005年当初の情報源はやっぱり新聞。今ほどインターネットでなんでも情報が手に入った時代ではない。全国紙を中心にスポーツ紙をいくつかチェックして、ドイツサッカー、ブンデスリーガに関する興味深いトピックスを見つけて、それを日本語に訳してメールでまとめて送る。記事は書かない。

朝一で近くのキヨスクやパン屋さんで新聞を買って、家に帰ってコーヒーを飲みながら記事を読んでいく。《ドイツ語を日本語に訳す》とは言っても、まだまだ僕のドイツ語力だと時間はとてもかかる。あいまいな単語をそのままにはできないから、辞書片手に丁寧に訳していく。

母国語ではない言葉を身につけるというのは当たり前だけど簡単なことではない。それこそ母国語だってわからないことはたくさんある。いろんな言い回しや表現があって、標準語だけではなく、その地方ならではの方言だってある。それを外国語としてやるんだから、誤訳にならないようにいつまでたっても辞書は必要だ。

新聞読みだけではなく、取材活動もちょっとずつさせてもらえた。05年夏にはワールドカップの1年前に各大陸の代表とホスト国とで行われるプレ大会コンフェデレーションズカップ、12月にはライプツィヒで開催されたワールドカップ本大会組み合わせ抽選会に、日本から来た記者さんの取材に同行させてもらったりもした。記者用の取材パスを首からかけて一緒に動く。

新聞記者の仕事を間近で見れるというのは貴重な経験だ。ドイツ語が必要な時は通訳として取材のサポート。広々としたミックスゾーンにたくさんのジャーナリストがいて、選手や監督が姿を現すとすぐに人だかりができる。質問力はもちろんそうだけど、みんなが順番に出てくるわけではないから、お目当ての選手や監督が出てきたら、いつどこで、どのように切り上げて次の人へと移るのかという判断力だって求められたりする。

1対1での取材に同行させてもらったりもした。記者がどのように取材対象と向き合い、どのようにアポを取り、どのように話をするのか。事前準備を丁寧にして、いろいろな状況に備えて、一つの質問にどのような意図を持たせて、どのような答えを引き出そうとしているのか。そのあたりの言葉選びや問いかけの鋭さに、とにかく驚かされることの連続だった。

現場で生きる人の言葉には力が宿る。

▼ 心に残る一言

生きる知恵もたくさん教えてもらえた。印象に残っているのはタクシーに乗っていた時の話だ。

その日はW杯組織委員会の広報部長にインタビューへ向かうことになっていた。場所はドイツサッカー協会のオフィス。「ドイツ語でどんなふうに質問したらいいんだろう」とドキドキしていた。「大丈夫だよ。リラックスしていこうよ」記者の方はそういって笑ってくれる。

取材までまだ時間があったので、近くのカフェでコーヒーを飲んでいこうということになった。席について、コーヒーを飲んでもまだ緊張がとけない僕に対して、記者の方がこんなふうにいってきた。

「あのさ、緊張する気持ちはわかるけど、相手によって態度を変えるのはどうかと思うぜ」

何のことを言われているのかわからなくて、「どういうことですか?」と尋ね返す。

「さっきタクシーに乗ってここまできただろ。タクシーの運転手とは笑いながらドイツ語で話していたじゃないか。タクシーの運転手とは平気で喋れて、お偉いさんとは緊張するってのは変じゃない?」

違う、そうじゃないって反射的にまず思った。お偉いさんだから緊張してるんじゃなくて、それまで記者の方が「ここまでまだ最高と言えるネタはまだ取れてないんだよなぁ」という話をしていたからじゃないかって。僕が相手から面白い話を聞きだせないと困ると思っているからだって。

シンプルに言えば、腹が立った。そんな言われようはないって思った。僕はそんなにだれとでもすぐ笑顔で話せるような器用な人間じゃないって、憤った。

ちょっとトイレに立って、少し気持ちを落ち着けて、もう一度思い返してみたら、「でも、そうかもしれない」という考えも頭をよぎった。

「自然体で話せないと、そりゃ面白い話だって聞けないよな」

立場とか、肩書とかを気にしたら、話は固くなるばかり。もちろん相手へのリスペクトは必須だけど、でも自分を貶める必要はないし、おびえていたら何もできない。ミスを怖がってどうする?まずは自分を信じて自信をもって向き合わないと、相手が僕を信じてくれたりするものか。

すぐに気持ちをうまくリフレッシュすることはできないけど、少なくとも怖がらずに、できるだけ自然体にという思いで臨んだインタビューは結構うまくいった。ドキドキよりもワクワクしていたい。

いつそこまでできるようになるかはわからないけど、そんなところまでいってみたいと思えたのは間違いなく大きな収穫で、僕の新しい扉を開いてくれた。

あれからそれなりに時間は立って、経験も積んで。

少しは堂々と自信をもって自分の言葉で語れるようにはなっただろうか。

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