川本梅花 フットボールタクティクス

【ノンフィクション】どんなに苦しいことがあっても僕らにはサッカーがある【無料記事】川本梅花アーカイブ #藤本主税 #久永辰徳 永遠のライバルにして無二の親友

藤本主税&久永辰徳「どんなに苦しいことがあっても、僕らにはサッカーがある」

藤本主税は、現在ロアッソ熊本トップチームのコーチをしている。この物語は、藤本が大宮アルディージャ(2005-2011)に在籍していた時に聞いた話をまとめたものだ。いま社会はとても困難な状況下に置かれている。Jリーグもこのままでは、厳しい決断を迫られることになる。もはや4月再開は難しいものに思われる。試合がない時間だけが消化されていく現実に向き合う時、言葉にできない脱力感を持ってしまう。そうした「自分ではどうにもならない現実」にどうやって向き合っていくのかを考えた時に、きっと物語が必要とされるのだと私は思うのだ。

「どんなに苦しいことがあっても 僕らにはサッカーがある」と話した藤本とライバルだった久永辰徳の物語を読んでもらいたい。

目次
永遠のライバルにして無二の親友
プロになって母親を楽にさせたい
1人でサッカーはできないんだよ
いつも声を掛けてくれた永遠の恩師
ライバルの道のり
再会、そして二度目の別れ
どんな苦しいことがあっても 僕らにはサッカーがある

永遠のライバルにして無二の親友

「僕らの人生、サッカーしかないんや」

藤本主税は、食事の手を休めて話し出す。

「なんや、いきなりどうした」

そう言って、久永辰徳は藤本の顔をのぞき込む。

「いや、そうじゃない。僕らには『サッカーしかない』んじゃないんだ。僕らには『サッカーがある』んや」

「サッカーしかない」という言い回しは、「~しかない」とネガティブな要素が含まれている。一方、「サッカーがある」という言い方は、「~がある」というポジティブな要素がそこにはある。職業としてやっているサッカーを、少しでもポジティブなものとして捉えたい。そうした心情が久永を前にした藤本には宿っていた。ちょうどそのころ、藤本にとって。精神的に辛く苦しい時期だった。

2009年、大宮アルディージャは、前年に指揮した樋口靖洋を解任して、張外龍(チャン ウェリョン)を監督に招きJ1 リーグ上位進出を目指していた。しかし、チーム一丸となり、まとまらなければならないシーズン中盤、チームの方針に納得できない一部の中心選手が監督と対立する。そうした中で、キャプテンだった小林慶行が、柏レイソルに移籍する事態に発展した。後任のキャプテンには藤本が指名される。例年のように残留争いに巻き込まれたチームを支えてきた仲間の離脱と、空中分解しそうなチームのはざまに藤本は立たされていた。監督と選手の間を取り持つ立場になった藤本は、上京してきた久永に苦しい胸のうちを語り出す。

「慶行とも話をしていないんだ。ずいぶん距離ができてしまって。会話もないまま、あいつ、柏に移籍してしまった」

藤本の話を聞いて、久永は彼に尋ねる。

「監督とは話をしてるんか?」

「チャンさんは、『俺と主税の信頼関係がしっかりしていればチームは大丈夫だから』と言ってくれる。だから、チャンさんを信じている」

そう言って自分の気持ちを確認した藤本は、再び食事の手を早めた。

藤本と久永の出会いは、アビスパ福岡の新加入選手発表会見だった。

「主税はユース代表に入っていましたが、僕は、無名でした。だから、主税の名前は知っていたし、彼と同じチームでプレーできることがうれしかった。初めて顔を合わせたのが、アビスパ福岡での入団発表でした。まず『よくしゃべるヤツだな』と思いました。僕は、高校(鹿児島実業高等学校)では上下関係が厳しかったので、年上の人には敬語を使っていました。けれども主税は、広島弁なのか四国訛(なま)りなのか分からないですが、年上の人にも偉そうに話すんですよ。『なんだこいつ、偉そうに』というのが最初の印象でしたね。だから、あいつの第一印象は悪かったです(笑)」

最初に言葉を掛けたのは、藤本だった。

春期キャンプでの食事の席。ビュッフェスタイルだったので、新人の久永は「どこに座ればいいんだ」と席を探していた。そうしたら、藤本が久永に大声で叫びはじめる。

「こっちこっち。こっちこいや」

声がする方向に振り向くと、笑顔で手招きしている藤本の姿があった。キャンプ初日で緊張している久永は、人懐っこい藤本の振る舞いで、「ふっ」と肩から余分な力が抜けてリラックスできた。

Jリーガーになった2人は、寮でプロ生活をスタートした。久永は、藤本のサッカーに対する取り組み方を知って、次第に彼に引かれていく。

「主税とはサッカーについてよく話をしました。僕らは、サッカーに対してものすごく真面目に取り組んでいたので、サッカーのトレーニングの話を通して徐々に仲良くなっていったんですよ。『もっと筋トレをしたいんだけど、どこかいい場所はある?』とお互いに情報交換したりして。主税は、それこそ24時間、サッカーのことだけを考えている。同期加入は僕と主税を入れて8名でしたが、プロフェッショナルという意味で、主税には一番それを感じました。普段の食生活から睡眠時間まで徹底して管理している。練習前に、トレーニングルームに早く行って体を温める。『トレーニングの量を増やさなければいけない』と言ってフィジカルトレーニングをしていました。その日のトレーニングでうまく行かないと、必ず残って自主練習をする。午前中の練習が終わったら、午後からジムに行く。まあ、正直に言って、いまの選手は、練習が終わったらパチンコをやりに行くとか、遊びに時間を割く選手が多いです。でも彼の場合は、本当に24時間、サッカーのことを考えて生きていた。僕は、そんな主税に引き寄せられていった」

練習が終わって寮の部屋に2人がいた時に、藤本は、何気なく久永に打ち明けた。

「うちは、おかんしかおらんのや」

「だから、かあちゃんを楽にさせるんだ」と語る。

久永は、そうやって話した藤本にハングリー精神というものを感じた。

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