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【ノンフィクション】もらってきた言葉に感謝を…叱責を糧に成長したキャプテン【無料記事】川本梅花アーカイブ #坂本將貴

坂本將貴 もらってきた言葉に感謝を…叱責を糧に成長

さかもと・まさたか/1978年2月24日生まれ。埼玉県出身。ジェフユナイテッド市原・千葉トップチームコーチ。現役時代は浦和東高→日本体育大学→ジェフユナイテッド市原→アルビレックス新潟→ジェフユナイテッド千葉。2012シーズン限りで引退。

目次
好きな言葉は「感謝」
恩師の鉄拳に込められた想い
対戦相手の監督からの言葉「君は思いやりが全然ない」
恩師が語る高校時代
サッカーを通じて人生を説いた恩師
全力でやらない者はグラウンドに立つ資格はない
オシムの叱責??お前のせいで負けた

好きな言葉は「感謝」

それは高校時代の遠征先での出来事だった。

対戦校の生徒がグラウンド整備をしているのに、坂本將貴たちは引き上げてシャワーを浴びようとしていた。それを知った埼玉県立浦和東高等学校サッカー部監督・野崎正治が坂本たちを呼び戻した。

「君たちは何をやっているんだ!相手チームだけにやらせて、君たちは帰るのか?」

部員たちを前にして野崎の怒りは止まらなかった。

「君たちには感謝の気持ちというものがないのか! 練習に来たらグラウンドが整備されている。ラインがきれいに引かれている。給水用の水が用意されている。スパイクが磨かれている。この世の中には、サッカーをやりたくてもやれない環境にある人だっている。スパイクが買えなくてもサッカーをやっている人だっている。君たちは親にスパイクを買ってもらっているからスパイクを履いてサッカーができる。グラウンドの整備だって、君たち3年生は1年生にやってもらっているからサッカーができる。できることが当たり前だと思っているのか?サッカーができることに感謝しなさい」

坂本は当時の出来事を振り返って次のように話す。

「僕は『好きな言葉はなんですか?』って聞かれたら『感謝』と答えます。高校3年生になれば、グラウンドの整備をするのはだいたい1年生がやるから、僕たちはやらない。でも野崎先生に『感謝の気持ちがないのか』としかられて、僕たちの代から、3年生もグラウンドの整備とライン引きをやることようになった。僕らは最上級生で、サッカーもうまくなってきて、後輩にやってもらって当たり前のように思えていた。だから、グラウンドの整備がうまく行っていなかったら、1年生に向かって文句を言う。そういうことに慣れちゃってたんですよね。そんな時に『感謝の気持ちがない』と言われて『はっ』と目覚めました。だから先生に言われた言葉を、プロとなったいまでも大事にしようと思っています」

恩師の鉄拳に込められた想い

坂本は、浦和市(現さいたま市)出身なので、周りがサッカーしかしてない環境だった。彼の父はずっと野球をしてきた人で、坂本も小さいころは野球をやっていた。しかし、サッカーが盛んな土地に生まれた彼は、小学校1年生の時に、地元の大門サッカー少年団の練習を見学しているうちに、サッカーの魅力にハマっていった。少年団は、3年生にならないと入団できなかったので2年間待って所属した。ポジションは、攻撃的MF
だったり、たまにFWをやったりする。中学校は地元の美園中学校に進む。そこで、サッカー部の監督だった熱血感が溢れる宮田好之と出会う。宮田との関わりによって、坂本のサッカー選手として土台が築かれたと言ってもいい。

「宮田先生はとても熱心でした。中学校では考えられないような、メンタルトレーニングとか栄養学の講習会だとかに、強制ではないですけど、参加させられました。親に対しても『一緒にどうですか』と言って母親とともに行きました。そうしたことをやっていくうちに、サッカーに対する取り組み方というか、だんだんと自分の意識の中で変化が起きてきました。それに、ちょっとレベルが高い大人がやっているサッカーの練習に連れていってくれたので、『もっと上のレベルに行ってやってみたいな』と思えるような意識を作ってくれました」

宮田の情熱が、鉄拳に変わったことが一度だけあった。

その日は、練習試合のためにバスで遠征先に移動しなければならなかった。そこで、坂本は乗り物酔いをしてしまう。相手は、全国区で天才と言われた大野隆敏がいた南橘中学校だった。坂本はチームのキャプテンをやっていたが、彼のパフォーマンスが良くなかったこともあり、7失点を喫して敗れる。宮田はハーフタイムに、「せっかく遠征に来たのにそんなパフォーマンスじゃダメだ。バスで乗り物酔いをするようでは……。キャプテンがそんな調子でどうする!」と言って、坂本の両親が見ている前で頬に平手打ちをする。

「両親は殴られた時もそこにいたんですが、何も言わなかったですね。『お前が悪いんだから』っていう感じでした。あれは完全に乗り物酔いしていましたねから。バスから降りてすぐに試合だったので、気持ちが悪いっていうのがあって、体が全然動かなかった。あとになって宮田先生が『みんな同じ状況で、お前がキャプテンなんだから、選手としてみんなを引っ張っていくようにならないとダメだ』って言われました。やっぱり、僕も殴られた時には、ムカムカしていました。僕の性格上、イラッとはならず、自分が悪いと思ったら認める方です。あとから先生が殴った理由を言ってくれたので納得しました。僕は中学・高校・大学・プロと、キャプテンをやらせてもらっていますから、あの時のビンタが活きているのだと思いますよ。まあ、『ありがたいビンタ』だと思いますし、僕には『大きな一発だった』かなって、いまになって感じています」

坂本は、宮田にサッカーの基本的なことを教えられる。そして、練習中にしばしば「顔を上げろ、顔を上げろ」と言われる。「『周りをよく見ろ』ということだと思いました。先生に何度も指摘されたおかげで、視野が広がった」と坂本は話す。

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