宇都宮徹壱ウェブマガジン

【ほぼ無料】書評家つじーの「サッカーファンのための読書案内」第1回 上岡磨奈・著『アイドル・コード: 託されるイメージを問う』(青土社)

 宇都宮徹壱ウェブマガジン読者の皆様、はじめまして!つじーと申します。この度、当ウェブマガジンにて毎月第2月曜日に書評の連載をさせていただくことになりました。

 いま30歳の僕には20数年間ずっと愛してやまないものが2つあります。それが「サッカー」と「読書」です。

 4歳のとき、ワールドカップ・フランス大会のアジア最終予選をテレビで見てから、ずっとサッカーとともに人生を歩んできました。好きなクラブは、地元にあり5歳から応援している北海道コンサドーレ札幌です。読書も小学校のころから親しんでいて、数えたところ昨年は130冊ほど新たに本を読んでいました。再読を含めると150~160冊くらいです。

 そんな自分がサッカーのメディアで読書の連載の機会をいただき大変うれしいです。僕は「あらゆる本からサッカーを楽しむヒントは見つけられる」と信じています。この連載では、サッカーというジャンルには一切こだわらず様々な本を皆様にご紹介する予定です。

 連載を通して「こんな本がサッカーにつながるなんて!」と一冊でも感じていただければ幸いです。これからよろしくお願いいたします。それでは第1回の書評をお楽しみください!

語りやすい「アイドル」の複雑さを解体する

 「アイドル」。この言葉にファンとして親しみを感じる者もいれば、特に応援もしておらず関心をまったく示さない者もいるはずだ。だがそのどちらにも共通するのは「頭の中に自分なりの『アイドル』のイメージ」が浮かぶことではないだろうか。

 なぜ仮に関心がなくてもイメージが付きやすいのか。それはテレビを中心としたメディアを通して「アイドルとはこういうものだ」という何となくの固定観念が長年にわたり蓄積されているからである。だから僕らはアイドルを容易にイメージできるし、比喩や揶揄に「アイドル」という言葉を気軽に使える。

 『アイドル・コード』は、アイドルにまつわる様々な固定観念(コード)を解体して再考していく本である。著者と共に複雑なコードを解きほぐすことで、アイドルファンであってもそうでなくともアイドルへのまなざしが一段違ったものになるはずだ。そしてそれらのコードの解体は、アイドルに限らず僕らの日常につきまとう小さな違和感を解体することにつながる可能性を秘めている。

 本書が取り上げているコードは、すべて「アイドルらしさ」という言葉につながる。アイドルもファンも「らしさ」があるから応援する・される面もあれば、「らしさ」の呪縛で苦しむ面もある。善し悪しだけで一刀両断できない複雑な現実がある。

 特に「恋愛」に関するコードには多くのページが割かれている。

 アイドルを応援するあり方として「疑似恋愛」(アイドルを虚構上の恋人に見立てる)と「ガチ恋」(ガチンコで恋をしている)というものがある。本書では「疑似恋愛」はいいけど「ガチ恋」はダメという価値観が、「疑似恋愛」という演出で性愛的な関心を煽りながらも、実際に関心を持つことを否定してる歪さを持っていると指摘されている。

 また、「恋愛禁止」というルールが持つ曖昧さと、それゆえに生じる特異な空気のありようが社会学者の香月孝史さんの著書を引用して本書では示されている。ルールが慣習になっていながら、どう読み解き適用するかは当事者の責任に依存されているのだ。このルールが「異性愛」にのみ適用されていることも論点の一つである。

 上岡さんはかつて俳優、アイドル、作詞家として活動していた。そして自身も25年以上のアイドルファンである。演者、作り手、ファンの立場をすべて経験しているからこそ、実感をもってアイドルにまつわる複雑なコードを解きほぐし刷新していく必要性を感じているのだ。その説得力に敵うものはない。

「語りやすさ」と「純粋」を疑え

 書評の冒頭で触れたように「アイドル」は誰でも語れる言葉になっている。それゆえ粗雑に議論の対象にあげられやすい。サッカーでも「選手のアイドル化」というように比喩や揶揄としてアイドルは容易に利用される。

 それだけアイドルが大衆にイメージを認知されている証拠な反面、古びて化石になった固定観念を多くの人々がいつまでも引きずっていることでもある。気軽に語れたり、例えに使える言葉にこそ僕らは用心しなくてはいけないのだ。

 サッカーを取り巻くキャッチーで使いやすい言葉、それを使えば何となく語れた気になって本質を見落としやすい。複雑なものを瞬時に説明できる魔法の言葉は存在しないのだ。だから皆でひとつひとつ想像し解きほぐすことでしか理解は進まない。どんなジャンルにも通ずる話をこの本は教えてくれる。

 サッカーでもアイドルでもファンに対して「純粋に楽しむ」ことを奨励されることがあるだろう。しかし上岡さんは次のように書いている。

 疑いを持たず、無邪気に「アイドル」を楽しみ続けることは、観客もアイドルも旧来の規範に縛り付けられているにすぎないことを意味する。【上岡磨奈『アイドル・コード』p18】

 疑うことは、面倒くさいようで実は対象をずっと楽しみ続けるための近道なのかもしれない。

最後に求められるのは「生き様」である

 クラブや選手を応援する行為と、アイドルを応援する行為に類似性を感じるサッカーファンもいるそうだ。アイドルから始まった「推し」の文化も今やサッカーに流入している。「サッカーとアイドルの親和性がある」という話である。

 親和性の有無は僕には今、結論が出せない。ただ仮にクラブが選手をいわゆる「アイドル的」に押し出してファンを増やしたいのであれば、もっと真剣にアイドルのことを研究すべきだと強く思っている。

 そこに存在するだけで人が寄ってくるアイドルはもう存在しない。誰もが自分のパーソナリティをあらゆる手段でアピールし、売りに売り込んでグループのポジションや仕事を勝ち取っている。影山優佳さん(元・日向坂46)を知るサッカーファンならお分かりだろう。選手が近くに来てくれるだけで嬉々としてお金を出す顧客がいっぱいいると思っていたら大間違いだ。

 選手の本業はボールを蹴ることであって、自分を推してもらうために己を売り込むことではないと一般に考えられている。自分を売り込む振る舞いをクラブは選手にどこまで求められるのかは難しいところだ。

 一方、サッカーもアイドルも最終的にファンには見せる景色は同じかもしれない。本書では、既に解散した中国のアイドルグループ・THE9のメンバーだった刘雨昕(リュウ・ユーシン)が「アイドル」を語った言葉が引用されている。

 アイドルは中国語でいう「偶像」です。「偶像」とは自分が目指す模範的な人のことです。
私自身はこれまでもずっと、アイドルをただの「歌って踊れるパフォーマー」だと思ったことはありません。自分に正直で、学び続ける姿勢、そして、自分の目標に向けて努力を惜しまず、自分の経験から人々を励まし激励できる。それが真の意味での「アイドル」なんじゃないかと思っています。【上岡磨奈『アイドル・コード』p194】

 リュウにとってアイドルの本質は歌や踊りといったスキルではない。日々の姿勢や生き様、それを他者に還元することが「アイドル」なのだ。

 僕らサッカーファンは勝利という結果や、テクニックや身体能力といったスキルを楽しんでいる。だとすれば、どう考えても追いつけずタッチラインを割るボールに向かって全力疾走したり無理やりスライディングすることを尊ぶファンがいるのはなぜだろうか。心動かされることがあるのはなぜだろうか。それは結果でもスキルでもなく、選手としての生き様をそのプレーから感じるからではないか。

 結果を出すのもスキルを見せつけるのも、最終的には己の生き様を示すことにつながる。アイドルでもサッカーでも見る側を魅了し楽しませるのは、結局生き様なのではないだろうか。

◎本のリンク
http://www.seidosha.co.jp/book/index.php?id=3865

【次に読むならこの一冊】
香月孝史、上岡磨奈、中村香住(編著)『アイドルについて葛藤しながら考えてみた』(青弓社)

 アイドルが持つ面白さや可能性、難しさや問題に関する9人の論考が収録されている。タイトルの「葛藤しながら考えてみた」という言葉は、100%の愛を注ぎながらもクラブの様々なことに頭をめぐらせ、時には悩んでいるサポーターのことも言い表しているように僕は感じてお気に入りだ。

◎本のリンク
https://www.seikyusha.co.jp/bd/isbn/9784787274496/

【プロフィール】つじー
1993年生まれ。北海道札幌市出身。書評家であり、5歳から北海道コンサドーレ札幌を応援するサポーター。神戸大学法学部法律学科卒業。自身のnoteにて書評を週に一本執筆するほか、不定期でコンサドーレを中心としたサッカー記事も書いている。小学生時代、テレビでセリエAを見てからずっとイタリアサッカー(カルチョ)に憧れている。好きな監督はマウリツィオ・サッリ(現・ラツィオ)。
◎note
https://note.com/nega9clecle
◎X(旧Twitter)
https://twitter.com/nega9_clecle

書評家つじーの「読書コーディネート」第1回

 こちらはWM会員の皆様限定の企画です。僕が「読書コーディネーター」として、「いま読みたい本のイメージ」をお聞きしてオーダーメイドでおすすめ本をご提案します!

 希望される会員の方には、まずこちらから送る読書カルテを記入していただきます。それを元に僕がおすすめの2冊を選んだ理由と一緒に紹介します。

 ありがたいことに今回カルテが一枚届いています。早速コーディネートしていきましょう。

(残り 925文字/全文: 4885文字)

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