宇都宮徹壱ウェブマガジン

33歳の日本人起業家がルーマニアのクラブを買った理由 板東隼平(ACSプログレス・エゼリシュ代表)<1/2>

 零細個人メディアの当WMだが、密かに誇らしく思っていることがある。それは大手メディアが取り上げる前に、ブレイク直前の人やクラブをたびたび取り上げてきたことだ。

 わかりやすい例を挙げよう。ちょんまげ隊長ツンさんに最初にロングインタビューしたのはWM。えとみほさんが初めてサッカーメディアに登場したのもWM(インタビュー後、栃木SCに転職することを教えていただいた)。福山シティFCの1万字ルポをWMで発表したのは、昨年の天皇杯が始まる前だ。余談ながら、現政権で何かと話題になっている某大臣も、実はメルマガ時代にご登場いただいている(参照)

 今回ご登場いただく板東隼平さんは、現時点ではサッカー界ではほとんど知られていない人物であるが、私自身はSNSを通して何となく視界に入っていた。私の認識では「ルーマニア3部のクラブの経営権を買い取った人」というもの。「面白い人がいるなあ」とは思っていたが、板東さんが33歳の若い起業家であること、現在はマレーシア在住であること、そしてスポーツビジネスのバックグラウンドがまったくないことを今回の取材で初めて知った。

 なぜ、マレーシア在住の若き日本人起業家は、ルーマニア3部クラブの代表になったのか? その謎を解きほぐすのが、今回のインタビューの目的である。繰り返しになるが、今のところ板東さんは無名に近い存在だ。しかし2~3年後(もしかしたら来年)には、東南アジアと欧州を股にかけるユニークなクラブ経営者として、熱い視線を浴びることになるだろう。ACSプログレス・エゼリシュ代表、板東隼平。覚えておいて損はない名前だ。

 なお今回の写真は、Zoomでのキャプチャを除き、すべて板東さんからご提供いただいている。この場を借りて御礼申し上げたい。(取材日:2021年6月22日、オンラインにてインタビュー)

<1/2>目次

*「ぎりぎり新車が買えるくらいの値段」で3部クラブの代表に

*さまざまなビジネスでクラブ経営に必要なスキルを身に付ける

*「知らないことや経験していないことに出くわすのが大好き」

「ぎりぎり新車が買えるくらいの値段」で3部クラブの代表に

──今日はよろしくお願いします。板東さんとはこれが初対面ですが、何と当WMを定期購読していただいているということで、ありがとうございます!

板東 実は今回、宇都宮さんにインタビューをしていただけるということで、過去のサッカービジネスの記事をたくさん読ませていただいたんです。そこで得た結論が「自分はやっぱりサッカー界の人間じゃないな」ということでした(笑)。プロサッカークラブの経営をされている方々のバックグラウンドを見ると、何かしらスポーツビジネスだったりとか地域との関わりだったりという経験があるじゃないですか。自分はそうではないので。

──のちほどじっくり伺いますが「サッカー界の人間じゃない」板東さんが、なぜルーマニア3部のACSプログレス・エゼリシュを買い取ろうと思ったのか、非常に興味深いところであります。しかも現在、お住まいなのがマレーシアというのがまた興味深い。

板東 これまでずっと、周りが右を向いたらあえて左に行こうというスタンスで生きてきた結果ですね(苦笑)。僕はいつも、他の人がやっていない場所やジャンルで勝負するところに、面白さというものを感じる人間なんですよ。

──その感覚、私と非常に似ているので、うれしいですね(笑)。まずは確認なんですが、ルーマニアの3部クラブを買い取ったというのは、実はクラウドファンディングがきっかけということでしょうか?

板東 そうです。CAMPFIREですね。もちろん、最初からクラブそのものを買い取る話だったわけではなくて、リターンのない応援プランみたいな感じで。なぜルーマニアのクラブとCAMPFIREがつながったかというと、エゼリシュには川越武典という日本人選手がプレーしているんですね。その川越選手から直接「今、胸スポンサーを探しているんですが」という連絡が来たんです。

──ルーマニア3部の胸スポって、いくらくらいなんですか?

板東 10万円くらいですかね。「わかった、ほな、やってあげるわ」ということで、クラファンから申し込んだんです。そうしたら川越選手がクラブの経営者に、僕のことを話したそうなんですよ。それから少しして「クラブの経営権を買い取ってくれませんか?」みたいな話になったので「え、マジでいいの?」みたいな(笑)。というのも僕、少年時代からサッカークラブのオーナーになる夢がありましたから。

──なるほど(笑)。それまでのクラブ代表は、どういう方だったんでしょう?

板東 地元の学校の先生だったようです。人口1400人の小さな村の少年たちにとって、憧れの存在になるようなクラブを作りたいということで立ち上げて、そうしたら3部まで到達してしまったと。けれども経営的に上手く回らず、選手の給料の遅配が起きてしまったという状況で、それでクラファンに活路を見出したようです。

──まあ、日本でも似たような話はよく聞きます(苦笑)。それで、どうしました?

板東 まずはルーマニアのことをいろいろ調べてみました。そうするとEUの国でありながら、人件費も土地も安いし、カテゴリーを上げればヨーロッパの大会への道も拓かれる。じゃあ、トップリーグに上がるためには、どういう条件が必要なのか。それらをすべて調べてから「わかった、買収してあげるわ。いくらやねん」と。

──いくらだったんですか?

板東 具体的な金額は言えませんが、日本でぎりぎり新車が買えるくらいの値段です(笑)。だから、とにかくお買い得だったんですね。クラブとしては、選手の給料が払えなくなって、ここで解散したら村の希望が失われてしまう。でも人口1400人の村では、新たなスポンサーなんて見つからない。そこに遠く離れた日本から「買ってもいい」という、僕みたいなのが現れたわけです。このチャンスを逃すわけにはいかないですよね(笑)。

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