宇都宮徹壱ウェブマガジン

【無料公開】蹴球本序評『平畠啓史 Jリーグ56クラブ巡礼2020』平畠啓史著

 サッカーファンなら誰もがご存じ「ひらちゃん」こと平畠啓史さんの新著が自宅に届いた。本書の位置づけは、2年前のデビュー作『平畠啓史 Jリーグ54クラブ巡礼 – ひらちゃん流Jリーグの楽しみ方』の続編。今回はJ1からJ3までの全56クラブについて、それぞれ「人」にフォーカスしている。さっそく「まえがき」から引用しよう。

 どんなにAIが進化しようとも、サッカーをプレーするのも、支えるのも、そして楽しむのも人である。

 そして、人にはドラマがある。(中略)5万人の観衆なら、スタンドには5万通りのドラマが存在することになる。

 現在のピッチに立ち、スコアを動かせる選手。過去にスコアを動かしていた元選手、自らはサッカーに関わっているつもりがなくても、関わってしまっているうどん屋のおばちゃん。それぞれのドラマにそれぞれの主役が存在し、Jリーグには無数の物語がある。

 そんな物語が聞きたくて、そしてその物語の中で主役が何を思い、どんなことを考えているのかを聞きたくて、全国を旅することにした。

 いつものシーズンであれば「いつものひらちゃん節が楽しめる本」という受け止め方をされていたことだろう。もちろん、それはそれで魅力的なのだが、今般のコロナ禍で何もかもが変わってしまった。週末の楽しみだったJリーグは、ずっと中断したまま。旅や遠征などの長距離移動も、著しく制限されて今に至っている。

 全国に無数にある、Jリーグの物語を集める平畠さんの旅。それは今となっては、ただただ眩しく、そして懐かしく感じられる。と同時に、思うのである。「ここに描かれている世界こそが、戻るべき場所なのだ」と。もちろん、再開後のJリーグが無観客となることは間違いないし、スタンドが開放されても「アフター・コロナのニューノーマル」を受け入れながらの観戦となるのは必至。やがてそれがスタンダートになるのかもしれない。

 それでも、われわれサッカーファンは「戻るべき場所」を忘れずに記憶にとどめ、それを伝えていくべきだとも思う。その意味で、一見お気楽な漫遊記のようにも思える、本書の存在は貴重だ。あえて大仰に表現するなら、ディアスポラの民にとっての「聖書」のような役割を担うかもしれない。そんなわけで近々、平畠さんに著者インタビューをさせていただく予定だ。定価1500円+税。

【引き続き読みたい度】☆☆☆☆★

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ