宇都宮徹壱ウェブマガジン

中村慎太郎の「百年構想の向こう側へ」 最終回 Jリーグは『ワンピース』である。

  1月から始まったこの連載も今回が最後となる。多くの方から御意見を頂き、書き手として成長することが出来たことを実感している。心からお礼申し上げたい。

  最終回なので、最終回らしい盛り上がりを迎えるように、大物に取材するような方向を想定していたのだが、十分な準備が出来なかった。それにはいくつか理由があるのだが、一番根本的なことをいうと、そもそもぼくは、取材者として活動したことがないのである。つまり、取材という活動をしたことがないのだ。

  とはいっても、誰かに話を聞きに行って、聞いた結果を自分なりにまとめるという作業は理論上可能である。しかし、書籍の執筆の傍らで取材内容の設定やスケジュールの調整をするだけの労力を割けなかった。労力というよりは、脳に余力がなかった。脳みその9割以上が書籍原稿で占められており、原稿に向かっている時以外も夢遊病のようになっているのだ。作家と名乗り、これからも書籍原稿の執筆を主たる業務として取り組んで行くことを考えると、取材者として活動を始めるのは簡単ではなさそうだ。

  『徹マガ』で取材者というと、主筆の宇都宮徹壱氏の名前が真っ先に浮かんでくるが、宇都宮氏は文字通り「鉄人」なのである。全国、全世界を飛び回り、多数の取材だけでなく、写真撮影をもこなし、移動中などに執筆を行い、さらには晩酌や観光も楽しむ余裕を持っておられるのだ。驚異的なバイタリティである。その宇都宮氏ですらも、最近はなかなか書籍原稿に向かえないと『徹マガ』のコラムで書いていた。経験にも技術にも乏しいぼくの場合には、両立することは決して簡単ではなかった。

  書籍原稿に取り憑かれ、もうろうとしながら日常を彷徨っているぼくにとって、この連載は唯一あるべき日常へと引き戻してくれる貴重な機会であった。まだ正式には決まっていないが、後継のメディア『宇都宮徹壱WM』においても何らかの文章を書かせて頂く機会があるかもしれない。なので、今回は、最終回という気張りはなく、ぼくの考えていることについて紹介させて頂きたい。

  それはずばり「Jリーグの書きづらさと底知れぬ魅力について」である。

■ワールドカップ本は書きやすい

  今取り組んでいるのは『サポーターをめぐる冒険』の続編にあたるJリーグについての書籍と、ブラジルワールドカップの見聞録である。ブラジル本は、すっかり発売するタイミングを失っていた。日本代表がグループ予選で敗退してから、暗黒が訪れてしまったからだ。あれから世間の注目度は一気に下がった。

  そういうこともあって、日の目を見なかったブラジル見聞録を今さら書いているのだが、実はこの仕事はスムーズに進んでいる。書き進めているうちに、あの時のブラジルに自然と戻っている自分に気付く。不安で心細く、最低最悪の治安と言われていた地球の裏側で、多くの仲間たちに出会った記録を書き綴るのは、労力としては大変だが、書きづらさはない。

  それは恐らく、ブラジル見聞録は「自分だけの物語」として記述できるからであろう。自分が見たことを、自分の責任で書くだけなのである。

  そういう意味合いでいうと、Jリーグ本は本当に書きづらい。もう1年半くらい同じ原稿を書いたり削ったりしているが、一向に完成した形になってくれない。もちろん、どこかで諦めることも出来るのだが、そういう気にもならず困り果てていた。「次の本はいつ出るの?」と聞かれるのが嫌なので、人が集まるところに行きたくなくなる程度には行き詰まっている。

  しかし、どうしてこんなに書きづらいのか。あんまりにも書き終わらないので、いったん執筆を止めてブラジル本を書き始めた(ブラジル本はいくらなんでもリオ五輪前には出さないといけない!)。すると、同じ作業とは思えないほど書きやすさに歴然の差があることに気付いた。

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