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【無料記事】着目すべきは「初めての女性監督」にあらず なでしこジャパン、高倉麻子新監督就任会見で感じたこと


 4月27日にJFAハウスで行われた、なでしこジャパン新監督の就任会見は、多くのメディア関係者を集めて、注目度の高さをあらためて感じさせるものとなった。周知のとおり、新監督にはU-20女子代表監督の高倉麻子さんが就任したわけだが、ふいに「ところでノリさん(佐々木則夫前監督)の就任会見は、どのようなものだったのだろうか」という疑問が湧いた。

 少なくとも私は、取材した記憶が無い。周囲にいた何人かのベテラン同業者に聞いてみても「覚えてないなあ」と言うばかり。そういえば、女子サッカーを追いかけている砂坂美紀さんが、ノリさんの就任の時のことをどこかで書いていたはず。彼女に確認したところ、しっかり覚えていた。

「確か、岡田(武史)さんの(A代表監督)就任会見と同じ日だったんですよね。先に会見したのは佐々木さんだったんですけど、記者の多くは岡田さん目当てだったので、質問がほとんどなく早々に終わったのを覚えています」

 え、そうだったの? と思って調べてみると、確かに07年12月7日に、岡田監督と佐々木監督の会見がJFAハウスで行われていた(参照1) (参照2)

 思い起こせばこの頃、イビチャ・オシム監督が脳梗塞で倒れ、後任人事をめぐって日本サッカー界が騒然となっていた。それはJFAハウスに常駐していた記者も同様で、コーチから内部昇格した女子代表監督の人事について、さほどのニュースバリューを感じられなかったことは容易に想像できる。ここで「イビチャ・オシム監督が脳梗塞で倒れ」と書いて、自分でもはっとしたのだが、先になでしこの監督就任会見が行われたのは、それほど昔の話だったのである。

 ちなみに当時のJFA会長は川淵三郎氏。その後、3人の会長が代替わりする中、女子代表監督はずっと佐々木監督が務めていた。そしてその間、北京五輪(08年)、ワールドカップ・ドイツ大会(11年)、ロンドン五輪(12年)、ワールドカップ・カナダ大会(15年)と主要大会を重ねるごとに、なでしこの注目度とメディアバリューは高まっていく。極論するなら、それが佐々木監督時代の9年間であった。

 さて、高倉新監督の就任会見では「初めての女性監督」に関する質問が出て、同席した田嶋幸三JFA会長から「高倉監督が女性だから選ばれたわけではない」と答える一幕があった。私もそのとおりだと思うし、彼女のアンダー世代での指導実績を考えるなら、性別というのはそれほど大きなトピックスであるようには思えない。

 むしろ私が着目するのが、高倉新監督が「就任会見で注目される、初めての女子代表監督」となったことだ。のちにバロンドールを獲得する佐々木前監督でさえ、その船出は実に静かで地味なものであった。それに比べると、今回の就任会見の注目度の高さは際立っている。では、その背景にあったものは何かと問われれば、一言で言い表すのは難しい。

 リオ五輪予選敗退への失望。長過ぎた佐々木監督時代への決別。輝かしい実績を持つ高倉新監督への好感。そして19年ワールドカップと20年東京五輪への期待。ネガティブな要因とポジティブな要因が渾然一体となり、かくして女子代表監督の就任会見は「国民的関心事」となった。にこやかにメディア対応していた高倉新監督も、内心は周囲の激変ぶりに戸惑っていたのではないか。

 ところで高倉さんには、個人的に忘れえぬ思い出がある。昨年2月、とあるグローバル企業のイベントでご一緒させていただく機会があった。その企業は女子ワールドカップのナショナルスポンサーで、セールスキックオフのイベントを開催するにあたって「女子サッカーの著名人をゲストに招きたい」と相談されたので、U-17女子ワールドカップでリトルなでしこを優勝に導き、指導者として脚光を浴びつつあった高倉さんを推薦させていただいた。実は高倉さんとは、イベント当日が初対面。とはいえ狭いサッカー業界のこと、共通の知人の名前がぽんぽん挙がり、すぐに打ち解けることができた。

 そんな中、とりわけ感心させられたのが、卓越した彼女のコーチング能力。数名のセール社員が、それぞれ抱えている課題を明らかにし、高倉さんが指導者としての立場からアドバイスするというパネルディスカッションがあった(私はモデレーターを務めた)。すると高倉さん、問題点を素早く見抜いて言語化し、ソリューションのヒントをわかりやすく提示する。具体的な内容は忘れたが、そのスピード感と的確さは「さすが」の一言。「なるほど、こうやってチームをひとつにまとめ上げたんだな」と、その鮮やかな手腕の一端を見る思いがした。

 「ポスト佐々木則夫」が、高倉麻子をおいて他にいないことは、多くのファンが認めるところであろう。そして彼女自身もまた、この難しいミッションに対して、極めて前向きにとらえている。オファーを受けたときの思いについて「大変光栄でした。簡単な仕事ではないと感じていますけれども、ぜひやらせてくださいと答えました」と笑顔で語っていた高倉さん。注目度と期待値が高いだけに、いずれ苦しい戦いを強いられることもあるだろう。またアンダー世代とは異なる、トップチームならではのチームマネジメントの難しさに悩まされることもあるだろう。それでも現役時代からのファンのひとりとして、精いっぱいのエールを送ることにしたい。

<この稿、了>

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