中野吉之伴フッスバルラボ

【現地取材】誇り高きマジャールの民。かつて世界トップレベルだったハンガリーサッカーの今を探る

▼ 古豪ハンガリーの今を追う

ワールドカップ4度の優勝を誇るドイツが初めて頂点に立ったのが1954年のスイス大会だった。

キャプテンのフリッツ・ヴァルターを中心とした不屈の闘志で首都ベルンでの激しい雨中決戦を制した試合は今も語り草。「ベルンの奇跡」というタイトルで映画にもなっている。

「サッカーでは0-2のスコアが一番危ない」とよく言われるが、その代表例として挙げられるのもこの試合。0-2から3-2という見事な逆転勝ちをW杯決勝という大舞台でやり遂げたのだから。

余談だが、負けている展開で雨が降り始めるとドイツ人はフリッツ・ヴァルター・ヴェター(フリッツ・ワルターの天気)と呼び、《幸運をもたらす縁起のいい兆候》として喜ぶものだ。

そういえば酒井高徳が所属していたころのシュツットガルトが、リーグ戦でヴォルフスブルクに0-2から3-2の逆転勝ちを祝った試合があった。2012年のことだ。2点目をアシストした酒井は勝利に貢献したこともあって、試合後のミックスゾーンではとても上機嫌に話をしてくれた。

ひとしきり話を聞いた後、こんなことを聞いてみた。

――――試合中大雨が降ったじゃないですか。ドイツで試合中の雨って幸運を呼ぶって知ってました?

酒井「いや、しらないです!そうなんですか。」

――――フリッツ・ヴァルター・ヴェター(天気)といってスイスワールドカップの決勝で西ドイツ代表がハンガリー代表に0-2のときに雨が降って、そこから3-2と逆転したということがあって。

酒井「へー。そうなんだ。はじめて知りました。すごいですね。今日も3-2ですもんね。すごいな。覚えておきます。今度から、『あ、今日勝てるな』って思える(笑)」

2点差で負けていても雨が降ってきたときにこの時の談話を思い出してくれたらうれしいものだ。迷信と思うか、兆候ととらえるかも本人の心構え次第だ。

さて、今回の話のテーマは雨でもないし、空前の逆転勝ちでもない。

54年W杯決勝でそのドイツに屈したハンガリーだ。戦前からサッカーの強豪国として世界的に有名だった。50年初頭には33連勝という歴史的な記録を打ち立てている。54年大会でも優勝候補筆頭だったほど。

レアル・マドリードでも活躍したフェレンツ・プスカシュを中心に、世界的な名選手が数多くいたが、政治的な問題がその道を閉ざしてしまう。国内では動乱が広がり、それを受けて主力選手の多くが海外へと亡命。

気がつくと世界のサッカーシーンからハンガリーの名を聞くことがなくなっていった。

W杯では86年大会以来出場していない。欧州選手権には16年フランス大会に出場したが、これが実に44年ぶり。(注:詳細に関してはこちらがよくまとまっているかと。僕の記事ではありません)

そんな長く低迷期を過ごしていたハンガリーだが、いままた注目を集めてきている。リバープールで活躍するMFドミニク・ソボスライを筆頭に、ライプツィヒの守護神ペーテル・グラーチ、フライブルクではFWローランド・サライといった欧州強豪クラブで主力を張る選手が育ってきている。

果たしてかつての《古豪》はどのように過去と向き合い、今を生きて、未来を見つめているのだろう。

興味はある。とはいえ、ドイツからハンガリーは近くはない。ちょっと興味があるからと足を運べられるものでもない。

そんな風に思っていた僕だが、ふとしたきっかけでかの地を訪れることができた。

▼ オーストリア取材を起点に

昨年11月にオーストリアのウィーンでオーストリア代表対ドイツ代表戦が開催され、その取材へ行こうというのは結構早い段階で決めていた。

ユリアン・ナーゲルスマン監督就任後、どのような変化が生まれているのか、そしてオーストリア代表でラルフ・ラングニック監督がどのような仕事をしているのかというのはこの目で直に見たかった。

ただせっかくウィーンまで行くのだから、他の取材もセットにしたい。直後のオーストリアリーグ戦を調べてみたら、2部ザンクトペルテンの試合が3日後にある。鳥栖から移籍してきた二田理央には直接取材をしたことがあるが、まだ試合を見たことがない。

これはよくない。ネット上の情報から記事にするコタツ記事ばかりが並ぶ昨今のメディア業界だし、ZOOM取材が習慣化してきて、当地に赴かなくても選手のコメントを取ることはできる。

でもやはり取材対象者をより深く知るためには試合に足を運ぶのは必須だし、礼儀だと思う。

当該試合では二田は残念ながら出場機会0で終わったが、スタジアムの雰囲気、チームの状況、試合後の彼の様子を間近で見ることができたのはやはり収穫だった。

時系列が少し前後するが、オーストリア対ドイツ、ザンクトペルテン対ホルンの間の2日間をどうしよう、と考えたときに、「あれ、ウィーンからブタペストだったらすぐいけるんじゃない?」というのに気づいた。

調べてみたらすぐに行けそうだ。知らない世界を知るのはとても大きな学びになる。この機会を逃す手はない。むしろここを逃したら、今度いつチャンスが訪れるのかわからない。

知人、友人を介してアプローチしてみたところ、ハンガリーサッカー界の人と直接会って話を聞くチャンスを作ることができたのだ。

ハンガリーにはかつてバックパック旅行で訪れたことはあるけど、サッカー関係を訪れるのは初めて。楽しみ100%で向かった。

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