ジャーナリズムというのは権力から独立していなくてはいけないのと同時に、大衆からも独立していないといけないのです。「こう書いたら、大衆は喜ぶだろうな」と記事をつくるのはジャーナリズムではありません
「大衆から距離をとったらお金をつくれない」と思うマスコミ関係者は多いでしょう。しかし、それはあなた方が「大衆から距離を置くメディア」の価値を理解していないからではないでしょうか。なぜ今はテレビを観られなくなり、新聞も読まれなくなったか、それは大衆から距離を置いていないからです。大衆を媚びようとしてもYouTubeほどには面白くはなりません。
統一教会問題が連日ワイドショーで報じられた時も私はウンザリしました。統一教会の関係者でもなんでもありませんが、まるで魔女狩りのように「統一教会は悪い存在である。そこで講演したり、応援したりした議員は全員悪い人間だ」と大衆に媚びていました。霊感商法の被害件数は減少傾向にありました。不正や寄付を強要するような問題も出てきましたが、それは自民党の政治家の問題ではありません。取り締まりをしていたなかった当局側の問題であり、批判するべき対象は取り締まりの枠組みではないでしょうか。
ただ私は大衆メディアの存在そのものを否定しているわけではありません。プライバシーの侵害とか名誉棄損にならない範囲でやる分には問題ないでしょう。「例えばドジャーズの大谷翔平選手が犬を飼った」「名前はデコピンだ」「ぬいぐるみを食いちぎった」というのはジャーナリズムではありませんが微笑ましいじゃないですか。