【ノンフィクション】アキレス腱断裂から復帰して得たもの 川本梅花アーカイブ #榎本達也
■ケガをして得た、忍耐力と人を見る力
10月2日、J1第30節・FC東京戦。榎本は長いリハビリを終え、とうとうサブメンバーとしてベンチに入った。その時の心境を「やっとメンバーに入れたという気持ちよりも、試合が優勝争いの天王山だったので、なんとかチームが勝たなければという気持ちの方が強かったですね」と話す。
試合が終わり、復帰した榎本を見た妻は、ほっとして語りかける。
「ああ良かった。やっと第一歩だね。あとは試合に出るために頑張らないとね。自分が人として大きくなるために、こういうことがあったから、一歩一歩やっていくしかないじゃない」
妻が言った「一歩」という言葉が彼の心に響く。
榎本は「そうだね」と返した。
「リハビリしていた時も、いきなり2段階、3段階とステップすることはないです。実際に一段一段、一歩一歩しか階段を上れない。そうやって登っていくことで、いろいろなことが、いままでとは違って感じられたり、違って見えてきたりしました。僕は、彼女の言葉に救われました。リハビリ中に『明日はもっと良くなっていないかな』と焦っている部分があって、でも彼女の言葉のおかげで、焦りがあまり出てこなくなった。選手として見てくれる部分と榎本達也という1人の人間として見てくれている部分を、彼女はいつも正直に話してくれた」
榎本はケガをしたことで見えたこと、感じたことを語り出した。それは、彼の物事に対する考え方がはっきりと変わったことを示している。
「技術は、ちょっとずつしか、うまくならない。でも人間は日々、大きくすることができると思います。サッカー選手としてだけではなくて、人としてどうあるのかという部分を磨いていかないと良い選手にならないと、いまでも思っています。それは治郎さんの言葉から知りました。日々の生活であったり、日々の言動であったり、日々の行動であったりを、どのように行っていくのかで、選手としても大きくなるんじゃないのかと確信しています。自分の中で、起きてしまったことに関して、もう一度見つめ直して、ベンチに入ったことで、浮かれることなく、自分はどういう選手になりたいのか、どういう人間になりたいのかをいつも頭に入れて、一歩一歩進んでいくしかない」
さらに彼は、選手として、どのようになりたいかを話す。
「より人の言動や行動を見るようになりました。人間観察をするようにしています。その人と話すことで分かる性格ということがあると思います。僕のポジションはGKだから、味方の選手にコーチングする際にあの選手にはこういう言い方で、これくらいの声のトーンで指示を出すとか、そういうことを考える上では、選手の性格を把握している方がいいと思います。これからは、試合に出るということが大前提ですが、まずは人としてチームメイトやスタッフ、監督、コーチに信頼される人間になりたい。そのことは、選手としても信頼されることに繋がると思います」
アキレス腱断裂というケガにより失ったものは大きい。移籍してすぐの離脱により、自身のパーソナリティをチームメイトに知ってもらう前に、長いリハビリ生活に入ってしまった。さらにチームを留守にしたことで、長期間チームに貢献できない状態が続いた。GKはフィールドプレーヤーに比べて「選手寿命は長い」と考えられているが、彼の年齢を考えたら、この1年間に近いブランクは大きかったかもしれない。しかし榎本は、こうした失ったものを取り返せるほどに、人として大きくなって帰ってきた。失ったもの以上に、得たものがあった。
「ケガをして得たものは、見る力が強くなったことだと思います。人を見る力ですね。あとは、忍耐力。一歩一歩という忍耐力ですね。人は、いま自分がいる足元から遠くを見つめたがる部分があると思うんです。でも一歩がなかったらその上さえも行けない。だから、上に行くためには、まず一歩を踏み出さなければ先には進めないんですよね。たとえどんなに高いところを見ていても、一歩を踏み出さなかったら、それは見ていることだけで終わってしまう。やっぱりそれには、忍耐力がないと難しいことだと思います。自分はプロサッカー選手として、ちょっとでもいいから、いまよりもうまくなりたい。スポーツでは極めることは難しい。でも、人としてそして選手として極めたという心境にたどり着きたいんです」
2011年10月16日、J2第31節・京都戦で、榎本は復帰後初のスタメンとして出場した。試合は2-1で徳島が勝利を収める。榎本は、試合後のインタビューで次のように話した。
「あの試合(神戸とのPSM)から自分の中で時間が止まっていたことは確かでした。今日、90分やれたことで、止まっていた時計を進めることができました」
完全復活した榎本の勇姿が、徳島ゴールの前にそびえ立った。
川本梅花