なぜ「史上最強」の日本代表は国民レベルで話題にならない? 3月のバーレーン戦とサウジアラビア戦で感じた猛烈な違和感
今週は久々に日本代表をテーマに書くことにしたい。といっても、戦術的なディテールについての言及をするつもりはない。3月のバーレーン戦とサウジアラビア戦は、ピッチレベルとTV観戦という、両極端な状況で楽しむことができた。その経験を経て考えたことを述べる。
3月の代表シリーズは、日本代表の8大会連続8回目の本大会出場、そして世界最速での大陸予選突破が懸かるとあって、いつも以上にメディアの取材申請が集まったようだ。なかなか承認の連絡が届かず、逆にJFA広報から露出媒体の再度の問い合わせがあった。
スポーツナビで代表コラムを担当していた頃は、ほぼ無条件で申請が通っていたが、最近は個人メディアを主戦場にしながらのフォトでの申請。2試合とも却下となることは覚悟していたが、幸いにして20日のバーレーン戦の申請のみ承認されることとなった。
結果として、日本の本大会出場の瞬間に立ち合うことができ、そのこと自体はとても感謝している。一方で、なぜ予選突破の可能性が高いバーレーン戦が承認されたのかについては、いささか気になるところ。20日はルヴァンカップ1回戦もあり、申請者の数がサウジ戦よりも少なかったのかもしれない。
そんなわけで25日は、日中は別件のインタビュー取材や打ち合わせを入れて、夜はTV桟敷にてサウジ戦を楽しむこととなった。日本は相手の5枚ドン引き守備を崩すことはできず、圧倒的にゲームを支配しながらスコアレスドローに終わった。この日の現場だったら、かなり落胆していたことだろう。
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