「コウモリの眼」がチームMURAIに必要だった理由 シリーズ 「Jリーグ現代史」佐伯夕利子の場合<2/2>
■Jリーグが「世界に誇れるもの」と「圧倒的に足りてないもの」
佐伯夕利子のJリーグ常勤理事時代は、当人の言葉を借りるならば「コロナに始まり、コロナに終わった」2年間。スペインからのオンライン会議への参加は、現地時間の午前0時から始まり、明け方まで続くことも珍しくなかった。時差に加えて、ヨーロッパと日本との「空気」の違いもある。コロナについても、もちろんフットボールについても。
長年、フットボールの現場で活躍してきた佐伯にとり、オンラインでしかコミットできない状況というものは、さぞかしストレスに感じることもあっただろう。そんな中、彼女がJリーグに大きく資することとなったのが、シャレン!(社会連携)の領域。これまでのキャリアを考えた時、シャレン!とのマッチングは個人的には想定外だった。
実は常勤理事になる以前から、佐伯はシャレン!に関心を寄せていたという。まず彼女が驚いたのは、Jクラブのホームタウン活動や社会連携活動の多さ。2019年には年間2万5000回以上が記録されていることを知り、「こんなすごいことをやっているプロリーグが世界にはあるんだ!」と強い衝撃を受けた。そしてもうひとつ、彼女を感動させたのがJクラブの多様性。
「Jリーグは多様性を大切にしていますし、多様性こそがJリーグを豊かにするという想いを持っていると思います。フットボールのスタイルでいうと、なかなか多様性が見出しにくい中、このシャレン!活動にはクラブの数だけ色がある。しかも地域によって、抱えている課題も違うし、それぞれのクラブも資金力やリソースも異なります。そうした違いが、きれいに多様性として出ていて、とても意義のある活動だと感じていました」
シャレン!は、前任の常勤理事である米田惠美が、丹精込めてJリーグに遺したものである。第1回シャレン!アウォーズが発表されたのは、緊急事態宣言下の2020年5月12日。誰もが口にこそ出さなかったものの、当時は「社会連携よりもクラブの生き残りが先決だろう!」という空気は間違いなく存在していた。
着実に、真摯に、そして丁寧に受け継ぐ者がいなければ、シャレン!アウォーズが1回きりで終わっていた可能性もゼロではなかっただろう。それをすくい上げたのが、佐伯だった。当時のJリーグ社内において、誰よりもその価値を確信していたからこそ、シャレン!はその後も存続。彼女の確信を下支えしたのが、ヨーロッパの常識にも向けられていた「コウモリの眼」であった。
「ヨーロッパに少しでも触れた人間は、現地のフットボールを褒めそやすことが多いですが、私はまったく逆。家族連れでスタグルを楽しんだり、対戦相手のサポーターと交流したり、試合だけでなく観光も楽しんだり。そういうアットホームなところに、私はサステイナブルなJリーグの価値を感じています。差別や排他主義が、いまだに根強く残っているヨーロッパのサッカーよりも、むしろ私は誇らしく素敵に思えるくらいです」
離れているからこそ感じられる、Jリーグの魅力と素晴らしさ。それらを語る時、モニターの向こう側の佐伯の表情はパッと明るくなる。けれども、ただ手放しで礼賛しているわけではない。佐伯の「コウモリの眼」は、Jリーグに決定的に欠けているものも怜悧に捉えていた。
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