宇都宮徹壱ウェブマガジン

「コウモリの眼」がチームMURAIに必要だった理由 シリーズ「Jリーグ現代史」佐伯夕利子の場合<1/2>

 8月からスタートした月イチの徹ルポ、シリーズ「Jリーグ現代史」も今回が最終回。前回の木村正明さんにつづいて、今回はJリーグの元常勤理事、佐伯夕利子さんにご登場いただく。

 佐伯さんが理事に就任したのは、2020312日。彼女が暮らしていたスペインが、コロナ禍によって移動制限となってしまい、自宅からまったく出られなくなってしまう2日前のことである。結果、彼女は在スペインのまま常勤理事となり、2年の任期の間に日本に滞在したのはわずか2回(いずれも3カ月ずつ)であった。

 そんな佐伯さんに、当連載の最後を飾っていただくことにしたのは、実は彼女こそがチームMURAIを最も客観的に言語化できる立場にあったからだ。その理由は? ヒントは本稿のタイトルにある「コウモリの眼」である。

村井チェアマンも重視した「コウモリの眼」とは?

「チームMURAIは、何がすごかったのか? それは村井満という個人よりも、むしろ『組織の力』というものを確固たる信念に基づいて、実践していたということに尽きると思うんですね。組織が機能する時って、リーダーのポテンシャルも確かに重要ですが、どのような考えでチームが構成されているかというのも重要だと思っています。これはサッカーのチームづくりと、まったく考え方は同じですよね」

 Jリーグの元常勤理事、佐伯夕利子にインタビューするのは、この時が4回目。いずれもオンラインであった。

 コロナ禍以降、オンラインによる取材は、われわれの業界でも急速に広まって今に至っている。確かに便利だし、移動や場所の費用もかからない。何より、感染リスクを極限的に抑えることができる。いい事ずくめのように思えるかもしれないが、取材者はただ相手の言葉に頷き、それを記録すればよいというものではない。

 インタビューの現場というものは、対面する相手の言葉のみならず、触れなくても伝わる体温や呼吸、さらにはオーラといったものも感じ取れる絶好の機会である。残念ながら今回も含めて、それらを感じることは叶わなかったが、取材対象の声と表情だけでも十分にダイナミズムが感じられるインタビューとなった。

 チームMURAIについて、熱のこもった佐伯の解説はつづく。

「村井さんは個人よりも、組織の力というのに確固たる信念を持っていたと思うんです。『リーダーがどうあるべきか』ということ以上に、そのリーダーがどのようなチームづくりをして、それをどう機能させているのかということ。たとえばペップ・グアルディオラ。誰もが知る有名な指導者ですけれど──

 ここで唐突に、グアルディオラの名前が出てくる。

「現代は、フットボールに関する知識というものは開発され、オープンになっている時代。ですから私のような指導者でも、知識という点では、それほど彼とは大差はないはずなんです。では、他の指導者と比べて、グアルディオラのどこが抜きん出ているか? 彼のチームには、ベンチに座らないスタッフも含め、30人くらいいると言われています。ひとりひとりのスタッフが、それぞれの強みを発揮できているからこそ、グアルディオラを優れた指導者ならしめるというのが私の考え。村井さんについても、これと同じことが言えると思っています」

 フィールドもナレッジもキャリアもバックグラウンドも、まったく異なる村井とグアルディオラ。両者を同じ評価軸で語ることができるのは、おそらくサッカー界でもこの人くらいだろう。オンライン取材から伝わってくるのは、取材対象の声と表情のみ。それでも佐伯の言葉には、取材者をぐいぐい引き込む力がある。

 佐伯は1973年、イランのテヘラン生まれ。航空会社勤務の父の転勤に伴い、その後も日本、台湾、スペインでの生活を経験する。そして18歳にして、スペイン移住とサッカー指導者を目指すことを決意し、2003年に日本のS級ライセンスに相当する「NIVEL Ⅲ」、さらには欧州最上位ライセンスである「UEFA Pro」を取得。スペイン3部のプエルタ・ボニータで、トップチームを指揮することになった時は日本でもニュースになった。

 その後、アトレティコ・マドリーやバレンシアCFを経て、久保建英も所属したビジャレアルCFにて、12年間にわたりフットボール部門を担当。2018年からJリーグの特任理事を2年務め、2020年からは米田恵美と入れ替わる形で常勤理事となることが発表された。

 佐伯の理事就任について、村井は会見の中で「フットボールを軸にした常勤理事・監事・特任理事をアサイン」するとしていた。チェアマン4期目を迎えるにあたり、村井がラスト2年間を「フットボールに注力する」ことを決意していたのは、当人からも聞いている。ただし村井が佐伯に求めていたのは、単に彼女のスペインでの指導経験だけではなかった。

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