わが平成史 写真とフットボールを巡って しがらみなきメディアの記者として(平成14年/2002年)
手塚治虫の代表作となっている主人公のロボットが誕生したのは「2003年」。アーサー・C・クラークとスタンリー・キューブリックが、地球人と異星人のファーストコンタクトを描いたSF映画の時代設定は「2001年」である。ということはアトムが生まれた年の前年に、あるいは宇宙船ディスカバリー号に搭載された人工知能HALが暴走した翌年に、アジア初となるFIFAワールドカップが開催されたことになる──。そんなことを、2冊目の著書『サポーター新世紀』のあとがきに書いた。
2002年(平成14年)といえば、言うまでもなくワールドカップ日韓大会が開催された年である。現在、この業界で禄を食む人の中で、この年のワールドカップの恩恵を受けていない(あるいは影響を受けていない)人は、ほぼ皆無ではないだろうか。かくいう私も、「写真家宣言」をした1997年(平成9年)、スポーツ・ナビゲーションの誕生に立ち会った2000年(平成12年)に続いて、この2002年は「記者として初めてワールドカップを取材した」という点において非常に重要な年となった。
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