中野吉之伴フッスバルラボ

若くして指導者になった教え子の広く深い考えとは? ホッフェンハイムでの研修を経て多くの経験を持ち帰った

ルカ「はじめの半年はU15チームにいることが多かった。後半の半年はU14にいた。練習や試合に帯同して、いろいろとやらせてもらった。多くの経験を持ち帰ることができたよ。20歳だったしね。スペシャルなことだった。育成部長が僕のチーフで、データベースの整理とかもやったよ。スカウティングデータを管理して、練習に招待したりという雑務を受け持っていた。ビデオ分析もやらせてもらえたな」

素晴らしい経験だっただろうね。私はSCフライブルクで2カ月間の研修だったけど、それでも本当に多くのことを学ばせてもらえたから。

ルカ「でも可能性、将来性というのはホッフェンハイムの方が大きい。プロフェッショナルさがひと回り上だ。非常にはっきりとしたコンセプトがあって、そこに集中した仕事がされているし、そのために様々な取り組みが行われている。指導者も若くて向学心があり、野心がある。そういう指導者がそろっている。いまトップチームでやっているユリアン・ナーゲルスマンもそうだし、シャルケでやっているドミニク・テデスコもそうだ。指導者のタレントを集めて、クラブで育ている。

『指導者が何人も行き来しているのに、コンセプトがブレない』のはすごいことだ。SCフライブルクだと、同じ人がずっと長い時間やっていることも少なくない。でも、その人がいなくなってしまったらコンセプトはどうなるのだろうか? SCフライブルクもそこには気づいているけどね。

でも残念だったのは研修を受けていた頃、自分には一生懸命さが欠けていたんだな。もっとアピールすることができたかもしれなかった。それに、せっかく学んだことを忘れてしまったかもしれない」

でも、それは僕もそうだったよ。SCフライブルクでの研修時代は多くの学びがあった。ただその直前にA級ライセンスを合格した直後ということもあって、自分の中の許容量が一杯になってしまっていたんだな。あのとき、もっとがむしゃらに入り込んでいたら、他の指導者に一目おかれるだけのものを残せていたら、また別の可能性というのもあったかもしれない。

でも、当時はそれ以外にできないと思ったんだな。だから、新しい道を探そうとフライブルガーFCに行き、それからFCアウゲンへと移ったんだ。私にとって大事なのはグラウンドに立って、サッカーと向き合いたい子どもたちを導いていくことなんだ。レベルそのものじゃなくてね。だから、楽しんでいるよ。

ルカ「その点は違うんだなぁ、僕と。自分の気持ちを全力で出せる場所で、指導者がやりたいんだ。いま大学生として『先生の資格を取ろう』としているというのもあるけど、例えば、いまFCアウゲンで指導者をやるみたいなことは想像もできないんだ」

その気持ちもわかるよ。専門知識もあり、経験もあり、それを伝える術も持っているのに、そのすべてを出すことができないというのは、とても苦しいものだ。私にしてもそうだったし、そういう気持ちがなくなることはない。高いレベルで指導者としてやれる場があるなら、自分が望む指導者像があるのなら、そのチャンスを生かしたほうがいい。

やっぱり、下位のリーグだと練習メニューをしっかり考えて、準備して、練習に行ってみたら予定の半分しかいないということもざらだからね。だからといって、『やる気がないならやめてしまえ』と言ったら、本当に人がいなくなってしまう(苦笑)。忘れてはいけないんだ、『彼らが求めているサッカーというものがある』というのを。私は育成指導者として、いつでも目の前にいる子どもたちに成長の可能性を提供し続けたいと思っているし、それが指導者としての私の成長にも大切だと思っているんだ。

ルカにとって、指導者としての楽しさって何?

ルカ「やっぱり選手とは、違う楽しさがあるよね。今シーズンは少し距離を取ることにしているけど。U19は指導者5人体制でU18、U19を一緒に見ることにしている。試合はU18チームに帯同するようにしている。U19だとオーバーリーガでアウェーでの移動距離がどうしても長いからね。

子どもが生まれたばっかりでそれは嫌だったんだ。お互いが支え合っていい感じでできていると思うよ。U18には昨シーズンU17・3部リーグのメンバーがみんな残ってくれている。おかげでやっとU18にもちゃんとしたチームを作って、昇格を狙うことができている。

今季昇格できたらU19はU19・2部、U18はU19・4部と理想的な形を作り上げることができる。それができれば『選手が他のクラブに移籍しよう』というのも少なくなってくると思う。選手と用具に関してはほぼイメージ通りにそろってきている。2〜3人は入れ替えはもちろんあるけど、継続的に育成していく流れがようやくできつつあるのは喜ばしいことだよね。

僕らの選手時代には残念ながらそれがなかった。

Cユースの頃にU15・1部でもプレーしていた世代だけど、U17の頃は当時の監督が一つ下の世代を優遇したんだ。結果として、僕らの世代からは多くの選手がクラブを離れてしまった。U17セカンドチームに残った選手からは、誰一人としてU19ファーストチームに進む選手が出てこなかった。

『そのときだけを見たらダメなんだ』と、選手時代に気づいた。

僕らの一つ下の世代にとってもよくなかった。すぐにファーストチームでプレーしたから、U19に上がったときにセカンドチームでプレーすることに我慢ができずに移籍していってしまった。飛び級も大切だ。でも、歩みはじっくりと進めていかないと。いろんな様子がかみ合ったときだけ、飛び級は意味があるものになる」

そうなんだ。それがあったから、当時のメンバーはフライブルガーFCを去り、FCアウゲンへ来たんだ。そこで彼らが私に声をかけてくれたから、私もアウゲンで指導者をすることになったし、いまもやっている。ルカの1個下のエリアス、ペペ、バイオが誘ってきたんだ。フライブルガーFCからFCアウゲンU19に移籍した彼らはU19・4部から3部への昇格戦に出場することになった。

その試合に招待されたから観に行ったら、すごくいいサッカーで昇格を決めたんだ。後日、祝福のメールを送ったら、3人から『よかったら、キチもうちらのチームでコーチをしてよ』と言われたから『オファーがあればいつでも聞くよ』って、ちょっと冗談交じりに答えたんだ。そうしたら翌週にはアウゲンのユース責任者から連絡をもらった。

ペペ達がすぐにコンタクトを取ってくれていたんだ。話し合いをしたあと、U19・3部のコーチとして加入することになった。その年、ギリギリで残留を果たせず、降格したけど、そのあと2年間U19の4部でヘッドコーチ、昨シーズンからU15の監督としてやっているというわけだ。

でも、来年以降のことはどうなるかはわからないよ。自分の仕事や家族の状況も考えないといけないしね。

▼また一緒のクラブで、今度は指導がしたい!

ルカ「僕としては、またキチの才能をうちに取り戻したいよ。昨シーズンにも言ったと思うけど。また別の特徴を持ったコーチと一緒なら、すごくハマると思うんだ。クラブ内では2〜3のポジションについて変更が必要だと思っているだ。

例えば、U13チームは今季成績がいい。でも、プレー内容はひどいし、トレーニングが破滅的。ただ、ポストシュートの練習をやらせたりだけ、とか。U13の子どもにとっては楽しくもないし、何も学べない。ちょっと前の試合では、フルコートのマンツーマンでプレーさせていた。

彼は自分が見てきた子どもたちと今後もやっていきたいと思っているみたいだけど、あれでは…。いい選手がいるだけに、いい監督が必要なんだ。でも、うちで『またやりたい』という思いがあるなら、すぐにそのポジションは準備するよ」

ありがとう。どうなるかは誰にもわからないけど、またルカと一緒に仕事ができたらうれしいね。

ルカ「家族はみんな元気?」

ありがとう! 息子二人もサッカーを楽しんでいるよ。長男はU10で、次男はU8だね。明日、長男の試合を見にいくけど、選手としてのサッカー、指導者としてのサッカーに加えて、いまは親としてのサッカーを楽しんでいる。これがまた全然違うし、多分一番難しい(苦笑)。自分の子がスタメンじゃないと、『ううーん、何故なのだ、監督』という気持ちはどうしたって出てくる。

ルカ「キチでもそういう気持ちになるんだなぁ?」

なるよ! 例えば、この前も後半うちの子が出場して試合の流れが良くなったなぁと感じていたのに、10分後にまた交代となったら、『何をしてくれる―!』と思うよ、やっぱり。

ルカ「ハハハハハ」

でも、この『親としての気持ちを知る』というのは、育成の指導者にとって大事なことだと思うんだ。だって、私がベンチに座らせている選手にも、出場を楽しみにしている両親がいるんだ。週末の時間を潰して、家族でこの試合に来ているんだ。だからこそ、出場機会を作るというのはすごく大事なことなんだ。もちろん、そのリーグに求められるレベルがなければ、なかなか出場させられないというのもわかる。出場させることでそこを狙われたら、互いにとって苦しいからな。

ルカ「ドイツのシステムは、そう考えると残念だよ。勝ち負けにこだわりざるを得ないシステムなんだ。U13以降は昇格・降格で動きが縛られる。昨シーズンのU15オーバーリーガでもそうしたことはよくあったんだ。監督として本当に難しかった。数週間、素晴らしい練習をしている選手が何人かいたけど、どうしてもオーバーリーガで何かをできるレベルにはなかった。

そうしたら、出場させることもできない。出場させて彼らが原因で負けでもしたら、チームとしても彼らにとっても良くない。どっちも大事だとは思う。結果に向けて取り組むことを否定するわけにはいかないから」

もちろんだ。でも、やりすぎは良くない。それにダメだと思った選手が、起用し続けることで急に花開くことだってある。その機会をどうやって作っていくか。それは指導者として常に問い続けなければならないテーマだよ。

インタビューを終えた私はカップに残っていたコーヒーを飲み干し、帰り支度を始めた。すると、ルカがソファでうとうとしかけている息子を見ながらつぶやいた。

ルカ「僕にもそのうち父親としての気持ちが出てくるんだろうね」

そうだよ(笑)。でも、もし息子が『僕はサッカーをしたくないよぉ』と言い出したらどうする?

ルカ「わからないよ(笑)。オープンであるようにはしようと思うよ。自分で自分のやりたいことを選べるようにね」

恋人が静かに口を開いた。

「あなたの姿を見て育てば、自然にこの子もサッカーボールを蹴り始めると思うわ」

ルカがほほ笑んだ顔を見て、温かい気持ちのまま私は家路に着いた。

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