中野吉之伴フッスバルラボ

【無料コラム】子どもは育てるものではない?育成のスタートは彼らが育つ環境を整えること

一番左がジーベルト監督

▼ ドルトムントで子どもたちが育つ環境の秘密を知る

僕の(ドイツサッカー協会)A級ライセンス講習会の同僚で、一番仲良くしていた指導者仲間ヤン・ジーベルトの話を紹介したい。

彼はいまドルトムントU23で監督を務めている。(注:その後イングランドプレミアリーグのハダーズフィールドで監督に就任。マインツ育成指導者ダイレクターの座を経て、現在はマインツU23監督)。

17年7月にボーフムで開催された国際コーチ会議へ参加した際、ちょっと足をのばして彼に会いに行った。ボーフムからドルトムントは電車で30分かからない。

練習場に着くと、広いピッチに黄色と黒のトレーニングウェア姿のヤンがいた。アシスタントコーチと談笑していた彼は僕を見つけると、以前と変わらない屈託のない笑顔で手を振ってくれた。

互いに簡単な近況報告をした後、彼は「トレーニングの後でまた話をしよう」といって選手のもとへ戻っていった。これまで講習会での指導実践は何度も見てきたが、そういえば自らのチームを指導するヤンを見るのは初めてだった。

彼は4部リーグのコブレンツのアシスタントコーチ、U17ドイツ代表のアシスタントコーチ、4部リーグのロートバイス・エッセン監督、ボーフムU19監督とトップチームのアシスタントコーチを歴任。今シーズン(17-18)からドルトムントU23で指揮を執っている。

練習が始まるとそれまでの和やかな雰囲気は一転、選手の集中力が一気に高まった。パス練習では、ヤンの鋭いコーチングがさらに場の空気を引き締める。一つのプレーへのこだわり、実践の中でのイメージ作り。途切れることなくインテンシティの高いトレーニングが繰り返されていた。

どんなプレーが必要なのか。なぜ必要なのか。

論理性の高いコンパクトな説明が力強い言葉に乗せられて選手に届いていく。彼が、ここに引き抜かれたことがよくわかる。と同時に、外からも自分たちの哲学に合う指導者を積極的に迎え入れることを恐れない、クラブとしての在り方の重要性を感じさせられた。

90分間の練習を終えると、僕たちはクラブ施設内の談話室に移動し、ゆっくりと話をした。

冒頭にヤンが口を開く。

ジーベルト「この街はすごいよ。町全体がドルトムントなんだ。わかるか? 誰もがこのクラブを愛している。生まれた瞬間から周囲にあるものがドルトムントのものなんだ。小さな子どもの頃から《みんなドルトムンダー》なんだ」

そして、笑って付け加えた。

ジーベルト「キチ、これがドルトムントだ」

▼ ドイツがサッカー大国たるゆえんとは?

僕らはいろんな話をした。指導者講習会での「そういえば、合格した後みんなで飲みに街に繰り出したよな」という思い出話から、現在の育成事情についてのディスカッション、そして日本のサッカー事情にテーマが移っていった。

僕が「日本の指導者育成になにか尽力できることがないかなと思っているんだ。日本のサッカー環境を少しずつでもポジティブに変えたい。日本の子どもたちがみんな大好きなサッカーを思い切りやれるようになったら…」、そう話をしていたら、ヤンがこんなふうに切り出した。

ヤン「キチ、ドイツがどうやっていまここまでのサッカー大国になったのか、その理由がわかるか?」

僕は少し考えてから「それは育成の在り方を見つめ直して、指導者育成のアプローチを改善して、底辺からトップまでのやり方を整理して…」と答えると、それをうなづきながら聞いていたヤンが「それもそうだ」と相槌を打った後に、「でもね」といって前のめりになって語りだした。

ヤン「ドイツにおいて一番すごいのは《選手がどんどん出てくる》というところだ。本当に言葉通り、次から次へと《高いタレント性を感じさせる選手》が出てくるんだ。僕らブンデスの育成下部組織は、それぞれの選手に可能な限りのサポートをするよね。でもみんながみんな理想どおりの成長を遂げるわけじゃない。残念だけど、つまづいてしまう選手も大勢いる。

でもね、そこで終わりじゃないんだ。どこからか、また才能を持った選手が出てくる。このサイクルが重要なんだと思う。急成長する選手がいれば、じっくり伸びてくる選手がいる。いつ、どこで、どんなふうに《高いタレント性を感じさせる選手》がでてくるかはわからないんだ。

だからドイツ全国の至るところで、様々な環境がある中で、サッカーが大好きな子どもたちみんなが、地元のクラブでトレーニングができて、毎週のように試合ができて、地元の友達と一緒に過ごすことができて、そうやって自分に合ったスピードと環境で成長していくことができるというのが、すごく大事で本質のところなのだと思うんだ。

そして《高いタレント性を感じさせる選手》はトレセンやブンデス下部組織のスカウティングシステムでリストアップされて、トレーニングに招待されて、よりプロフェッショナルな環境でサッカーができるようになっていく。

このネットワークと流れを作り出せたことが、ドイツで次々と優れた選手が出てくる一番の理由なのだと思う」

ヤンの言葉を頭の中で復唱してみた。すごくスッと入ってきた。

サッカーを始め、サッカーを続け、サッカーと生きる。その流れの中で、自分も生きている。

だから、言いたいことがすぐに分かった。そういうことか、と。

ヨーロッパにも南米にも、生涯サッカーと関われる生き方があらゆるところで存在している。そのことが大きいのだ。だからこそ継承されていく。

主筆者 中野吉之伴(【twitter】@kichinosuken

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