【石井紘人コラム】Jリーグの監督に新陳代謝を
約二年前の2012年1月。
私はFootball Weeklyに【フロント最大の罪】というコラムを掲載した。
木村和司氏が「内容に前進や積み上げがなかった」(嘉悦朗社長)ということで、横浜FMの監督を解任された。
木村監督+樋口コーチを招聘したのは、『元スター選手+理論派コーチ』というフットボール界のスタンダードに当てはめたのだと思う。二人を組み合わせてプラスアルファを出すという狙いは、結果を見れば、それなりの評価は与えられる。
しかし、それでも監督交代に踏み切った。それは大量補強に見合う結果が出なかったとフロントが判断したからで、それ自体は悪くない。
ビッグクラブを目指すのであれば当然である。
問題は、どうすればビッグクラブになれると考えているのか、だ。答えとして出したのが、“中位クラブだったチームを8位、5位と徐々にステップアップさせた流れを加速させるために、樋口氏にチームを託した”というものだ。
コーチから監督への昇格はスタンダードではあるが、基本的に新潟の黒崎久志監督のように、次代へのクラブのスタイル継承という意味合いが強い。若き日のヒディンク氏もPSVでコーチからスタートしている。
しかしそれはチームスタイルが未熟な横浜FMには当てはまらないだろうし、キャリア的にも、樋口氏が木村氏の下で学んだとは言い難い。元日本代表監督でたとえるなら、ジーコ氏を更迭し、エドゥ氏を昇格させるような、安易な計算に映る。
結果、横浜FMはどうなったか。
昨年こそ、マルキーニョスやドゥトラの力をかり、優勝争いをしたが、今季は低迷。樋口監督は退任である。
さらに遡ること一年前の2011年。
ゼリコ・ペトロビッチ監督体制の終焉を【柏×浦和 想定の範囲内の敗戦】とレポートしている。
浦和は過去のように崩壊などしていない。皆、どうにかしようとプラスに考えている。アタッカーは揃っているのだから、志向するサッカーが間違っているとは思わない。ただ、だからOKとはならないのがサッカーである。ペトロヴィッチ監督やコーチ陣に期待はしたいが、フロントも、いつかは決断が必要になる時がくるかもしれない。幸い、サイドアタックを志向し、体現させた長谷川健太氏は現在空いている。
批判はオルタナティブがなければ暴論と同じだと思っている。そのため、FBRJでは『どうすればよかったのか?』を議論する。この原稿では、『長谷川健太監督擁立』で締めた。
その長谷川監督だが早速、ヤマザキナビスコ杯を制覇し、さらに優勝争い、天皇杯も勝ち残っている。
と、ここまで読むと、『俺は見る目があるだろう。その辺のライターとは違うんだ』という自慢になってしまうのだが、そうではない。樋口監督にしろ、長谷川監督にしろ、すでに数年、監督をやっている。その結果をコラムにしただけである。
監督を審判団に置き換えるとシンプルである。
弁が立ち、人柄的にも素晴らしい主審がいたとする。しかし、ビッグマッチを任されるものの、ミスばかり。そんな彼に、何度もビッグマッチが回ってくるだろうか?
まず回ってこないし、なによりサポーターが許さない。
実際に、主審を目指していた人格者が、副審に回された実例もある。
それが、Jリーグの監督となると、話が変わる。
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