川本梅花 フットボールタクティクス

【コラム】 #伊藤槙人 奪い取れ、レギュラーの座を!FUJI XEROX SUPER CUP 2020 横浜F・マリノス 3-3(PK2-3)ヴィッセル神戸

伊藤槙人 奪い取れ、レギュラーの座を!

伊藤槙人はすっかり横浜F・マリノスの選手になっていた。それは当たり前のことで、2019年6月に水戸ホーリーホックから移籍した伊藤は、もはやレギュラー争いに名前を連ねる存在になっている。

FUJI XEROX SUPER CUP 2020の後半、畠中慎之輔に代わって伊藤がピッチに立った。試合前のスターティングメンバー表に彼の名前はなく、ベンチスタートに記されていた。もしかしたら後半から出てくるかもしれないと筆者は淡い期待をした。後半となって伊藤の姿をフィールドの中で確認し、彼がどんなプレーを見せてくれるのか楽しみにした。

奪い取れ、レギュラーの座を!

筆者が最初に水戸を取材した際に、西村卓朗強化部長(現ゼネラルマネージャー)から「注目されている選手がいますよ」と紹介されたのが伊藤だった。そして彼へのインタビューが、水戸での最初の仕事になる。それは2016年の春だった。伊藤が水戸に加入したのは、元監督の西ヶ谷隆之(現松本山雅FC U-18監督)が、ジェフユナイテッド千葉との契約が切れてトライアウトに参加した伊藤のプレーに目をつけて、水戸に引っ張ったからである。当然、西ヶ谷は伊藤を水戸の主力に育てようと試合に使っていた。しかし経験不足と控えめの性格が災いする。指揮官には消極的なプレーに映ってしまったようだ。次第にスタメンから外され、試合からも遠ざかるようになった。

【インタビュー】再出発を誓って―伊藤槙人が“原点”を取り戻すために旅立つ―【無料記事】

試合に出られない伊藤は、2017年7月に藤枝MYFCへ期限付き移籍をする。2018シーズンに水戸へ復帰するが、すぐには試合に出られなかった。出場したとしても、本職のセンターバック(CB)ではなく、右サイドバック(SB)で使われる。そんな時に、試合後「こういうプレーが必要だよね」と何度か2人でプレーについて具体的な話をした。18年間のサッカーライター稼業で数多くの「試合で使われる選手」と「試合で使われない選手」を見てきた。それでも伊藤のポテンシャルが活かされていないことを残念に思った。だから彼に声を掛けてきた。彼は間違いなく「試合で使われる選手」の部類に入ると筆者には映る。伊藤にはいつも「必ず誰かが見ているから」と話していた。そんな伊藤が横浜FMのサッカーにどのような対応をするのか見てみたい。そういう欲求が筆者を覆っていた。

試合を終えてロッカールームから引き揚げてくる伊藤を捕まえる。「お疲れ」と言って握手をしようと手を差し出す。マスクをして目しか出していない筆者に、最初は気付かなかった様子だった。マスクを外しながら「昨季は右CBだったけど、今日は左CBをやっていたね」と言葉を投げ掛ける。やっとマスクをしていた人物が誰かを察してくれた。「ああ」と言って少し驚いて、「そうですね。昨季は右が多かったです」と答える。「なんか、こうしてここで話を聞くのは、ちょっと照れるね」と伊藤に話す。伊藤の顔を見ると、なんとなく「水戸時代」の顔つきとは違って映った。その時に「ああ、完全に横浜F・マリノスの選手になったんだな」と直感的に悟った。

「ところで横浜FMに来て、もうこのサッカーに慣れた?」と伊藤に聞くと「やってるサッカーもガラッと変わりましたからね。とにかく自分の特長を活かしながら、ポゼッションや、いままでやってこなかった部分を身につけていけたらと思いながらやっています」と話す。

確かに伊藤にとって、いままで経験したことのないサッカーであろう。最終ラインがハーフウェーラインを超えて敵陣に入っていく。GKのポジショニングは、ゴールラインから約12メートルのところまで上がってくる。ハイラインで攻撃してポゼッション志向の横浜FMに対して「GKのポジションもそうですが、あそこまでポゼッションを意識するサッカーは初めてです」と述べる。

横浜FMのアンジェ ポステコグルー監督のイメージは、細かく指示を出す指揮官のように見える。しかし、どちらかと言えばモチベーターのようだ。監督は試合前に細く指示するのかを尋ねると「そんなに細く言わないです。ただし、パスのテンポを出して、大きくボールは蹴らない。自分たちのサッカーをやろうと言いますね」と語る。

「横浜FMに来て一番変わったところは何?」と問うと「ロングボールを蹴るところをつなぐ。ポゼッションでは後ろだけではなく、横や斜め、前方向にできるだけパスを出せるように意識しています。本当にガラッと変わったので、サッカーに対して意識するところが変わりましたね」と答えた。「逆に変わらないところは何?」と聞いてみる。「対人の部分や強さが自分の良さなので、そこは変わらないし負けたくない」と伊藤は強い口調で話す。伊藤の口から「負けたくない」ということを聞いて少し驚いた。感情の部分で直接的な言葉を口にする選手ではなかった。そんな伊藤が「負けたくない」と言うのは、レギュラー争いにおいて状況が切迫しているからだろう。つまり、頭から試合に出らないわけではないと言うことだ。チャンスはある。レギュラーの座は手の届くところにあるのだ。

この試合を見て、以前はコーチングを苦手にしていた伊藤だが、両手を広げて声を出してラインの押し上げをはっきりしていた。また伊藤と話をしていて「こだわり」が出てきたと感じたのは、「パススピードで味方に状況のメッセージを伝えることも考えないといけない」と述べた時だった。パスのスピードで味方にメッセージを伝える。その言葉を聞いた際に、筆者は彼の成長を実感した。

伊藤よ、レギュラーを奪い取れ! そして自己の存在証明をピッチに刻みこむんだ。君ならば、できる。

川本梅花

« 次の記事
前の記事 »

ページ先頭へ