【インタビュー】天皇杯での快進撃を作った指導者、小井土正亮(筑波大学蹴球部監督)
【インタビュー】天皇杯での快進撃を作った指導者、小井土正亮(筑波大学蹴球部監督)
筑波大学蹴球部は、第97回天皇杯全日本サッカー選手権大会で、Jリーグのクラブを撃沈させて勝ち進んできた。2017年9月20日に行われる4回戦、筑波大学はJ1の大宮アルディージャと対戦する。ラウンド16に進んだクラブは、筑波大学以外、すなわち15のクラブがJリーグに加入している。
Jリーグに加盟しているクラブをなぎ倒してきた筑波大学蹴球部は、多くの優秀な指導者を輩出している。以下の顔ぶれを見れば、一目瞭然である。
筑波大学出身の主な指導者
名前 | 役職 |
---|---|
山口隆文 | JFA指導者養成ダイレクター |
田嶋幸三 | 第14代日本サッカー協会会長 |
松田浩 | JFA指導者養成サブダイレクター |
鈴木淳 | JFA指導者養成サブダイレクター |
風間八宏 | 名古屋グランパス監督 |
小野剛 | FC今治 育成副部長 |
菅野淳 | ジュビロ磐田フィジカルコーチ |
長谷川健太 | ガンバ大阪監督 |
野村雅之 | 岡山県作陽高等学校校長 |
影山雅永 | U-18日本代表監督 |
畠山啓 | 秋田県立西目高等学校監督 |
井原正巳 | アビスパ福岡監督 |
森山佳郎 | U-17日本代表監督 |
長澤徹 | ファジアーノ岡山監督 |
三浦文丈 | 前・アルビレックス新潟監督 |
辛島啓珠 | アルビレックス新潟レディース監督 |
服部浩紀 | ルーヴェン高崎FCジュニアユース監督 |
木山隆之 | モンテディオ山形監督 |
大岩剛 | 鹿島アントラーズ監督 |
大槻毅 | 浦和レッズユース監督 |
西ヶ谷隆之 | 水戸ホーリーホック監督 |
望月重良 | SC相模原代表 |
上野優作 | 浦和レッズユースコーチ |
佐藤一樹 | FC東京U-18監督 |
天野賢一 | 浦和レッズコーチ |
京増雅仁 | FC東京U-15むさしコーチ |
小井土正亮 | 筑波大学監督 |
現在の同大学蹴球部を率いているのは、ガンバ大阪の長谷川健太監督の下でアシスタントコーチを長年勤め上げてきた小井土正亮監督である。Jリーグでコーチ経験のある小井土が、プロリーグを離れて同大学蹴球部の監督になったのは、風間八宏(名古屋グランパス監督)の後任として、大学が一般公募で職員採用を行ったからである。
筑波大学蹴球部と言えば、シュートパスで作り上げる風間サッカーを思い描くかもしれない。しかし、蹴球部が積み上げてきたサッカーは、風間八宏の目指したサッカーが主流ではないようだ。どちらかと言えば、風間の指導したサッカーは、ものすごく特徴的な戦い方であったと思われる。
蹴球部の歴史は、特別にサッカーを指導する監督を置かないで、大学院生などによって作り上げられてきた。サッカーのプロフェッショナル的な専門家が監督を務めたのは、風間が蹴球部の監督に就いてからだ。したがって、時代時代のモダンなサッカーを取り入れながら、学生たちを中心に戦い方を創出してきたのである。
大学院生たちが、トレーニングメニューなど考案して、部のサッカーを築き上げていく伝統は、いまも変わらない部分がある。しかし、小井土が監督になって大きく変わったのは、学生たちが1人の指導者によって「導かれている」ということだろう。小井土は取材の最後で、次のように言う。
「何を学んでほしいのか、というよりも、『全力でやることで君らは自然とサッカーから学べるから』と、いつも話しています」
学生たちが「導かれている」ものは、「全力でやることでしか得られない結果がある」ということ。そのことは「信じられること」であるし、そこからしか「学べない」という真理なのだ。
#天皇杯 ラウンド16TV放送
#筑波大学 と #大宮アルディージャ の一戦をNHK BS1で生中継します
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— 天皇杯 JFA 第104回全日本サッカー選手権大会 (@jfa_tennouhai) September 16, 2017
■大学生を指導するということ
――筑波大学蹴球部の監督になろうと思ったのは、いつぐらいからなんですか?
小井土 筑波の大学院を出て指導者になりたい、という考えはもともとありました。(清水)エスパルスでのコーチを終えた後に、大学院に入ったんです。(長谷川)健太さんがガンバ(大阪)の監督になったのでお手伝いして、それから念願かなって教員になれました。ちょうど、風間さんが大学を辞められて、欠員が出ていたので、大学教員の公募があったのです。
――Jリーグのコーチをされて、大学では監督をされています。指導者として、プロフェッショナルの場所と大学での場所では、何か違いがありますか?
小井土 結論的には一緒だな。やるのは人間ですしね。もちろん大学機関であるので、教育的な視点というのは頭の中にあります。でも、ピッチに立てば、サッカーのパフォーマンスを高めていくことしかない。その過程は一緒であって、結論的には、プロの時と変わらないですね。
――選手に対して、プロと大学生では、接し方が違ったりするのですか?
小井土 選手たちは学生生活が基本的に4年間ある。プロフェッショナルとは組織形態が違うので、学生たちに入り込み過ぎないようにしています。そこには入り過ぎないようにしている。グラウンドの上で要求するサッカーの質は、プロであっても大学生であっても、何も変わらない。それ以外の部分ですね。チームの運営とか、応援のやり方とか。160人も部員がいるので、方向性を持たせるのは難しい作業です。
――蹴球部で監督が実際に指導するのは、トップチームだけですか?
小井土 トップチームは私が指導しています。蹴球部自体、カテゴリーが5つ(=要するに5軍ある)あります。筑波は、以前、教育大学だったこともあって、「指導者を育てる」「指導者として学ぶ場でもある」という環境なんです。
選手たちは、グラウンドの中で学ぶ。グラウンドは、サッカーをする場所であるけれども、指導者としても学ぶ場所である、という意識は、ほかの大学よりも強いと思います。大学の成り立ちが、「教員を育て」て「全国に散らばらせる」というのが、大学創設当初からの流れで、「全国にゴールポストを」と謳って、「サッカーを普及しよう」という姿勢がありますから。
――大学蹴球部の推薦枠は5人ですね。それ以外の多くの学生は、サッカーの指導者になりたい、と考えて筑波を選ぶのでしょうか。
小井土 そうです。推薦は5人。彼らは当然、卒業後の優先はプロになることですが、多くの学生は、「サッカーを筑波で」して、「そこには学びたいことがある」から、「筑波にやってくる」という考えです。それが他大学とは違う点です。サッカーの勉強をしてその道で生きていきたいなら、筑波のコーチをやって、後輩ならの面倒を見る。そこで、彼らと切磋琢磨(せっさたくま)して、サッカーを学んで、人間性を養う。
■筑波大学蹴球部の伝統
――筑波大学蹴球部のイメージは、元監督の風間さんがやってきたパスサッカーの印象が強いですが。
小井土 風間さんが監督になられて、おっしゃる通り、ショートパスというスタイルになりました。20年前は、そうしたスタイルはなくて、監督はいるんですが、その時々のヘッドコーチである大学院生が、よかれと思うことをやっていたんです。トレーニングにして戦い方にしてもですね。
木山(隆之/モンテディオ山形監督)さんもそうです。2002年には、私もやらせてもらいました。筑波の伝統的な勝負に関する考え方として、「強くなければならない。しかし、勝ち方は奇をてらったものはいけない。王道で勝たなければならない」というものがあります。そうした考え方が頭にあって、取り組んでいました。
――小井土監督が筑波でやられているサッカーは、どのような戦い方をするのでしょうか?
小井土 対戦相手によってシステムを変えていきます。それは、天皇杯でJのクラブに勝たないとならないからです。決まったシステムをやれるだけでは、Jのクラブと戦う時に対応ができない。基本形は、4バック、ダブルボランチですが、それ以外は相手によって2トップでも3トップでも採用します。誰かをチームの中心にするよりも、組み合わせの妙で戦っていく。それが、私の考えです。
■プロと大学の違い
――大学だと、練習時間は、授業が終わってからになりますよね。
小井土 練習は5時からです。4時半まで授業がある学生もいます。全体でミーティングする時間や頻繁に練習前に集まる時間が取れないので、情報を共有するために、YouTubeにアップするんです。「前の試合のポイントはアップしてあるから、これを各自見て、自分なりの答えを持ってグラウンドにやってきてくれ」と。私も、選手に「見てどう思った?」「このシーンはどうだった?」と聞くので、すごく効果はあります。
――選手は、きちんとアップされた情報を見てきますか?
小井土 見てくるのが当たり前ですよ。
――プロと大学では、練習メニューも違いますよね。
小井土 ガンバの選手は、「こんなこともできたんだ」と考えることがあります。私は、練習をただ多くやったら選手がうまくなる、とは思っていないです。適度な量を適切にやらせることが大切なことだ、と。どれくらいの量を与えて、彼らが成長するのか。Jリーグのトッププロよりも、大学生の彼らは成長段階なんです。
例えば、ガンバだったら年齢に開きのある遠藤(保仁)と宇佐美(貴史)が同じトレーニングをする。その中で、どうしても回復度が違ってきますよね。大学生は、年齢がそろっているので、これくらいの負荷をかけたら、どれくらいで回復するのか、というのが分かりやすい。
――選手たちの中でも、プロになりたいと考えている子もいますよね。そうした選手には、どのように指導しているのでしょうか?
小井土 筑波に3年前に戻ってきた時、「どの選手がガンバでプレーできるかな」と考えました。誰もいない。誰もいなかった。でも「プロになりたい」と思う選手がいる。「この選手はこのポジションもできて、プレーの質もいい」と、平均点を上げることが大切だと思います。
■小井土正亮の考える戦術
――監督は、戦術やシステムをどのように捉えていますか?
小井土 「戦術」は、選手がのびのびとやるための道具です。選手が迷いなく、相手に対して効果的に動く立ち位置が「システム」です。相手が嫌がるところから守備の位置を開始しする。そこから、プレスのラインが決まる。相手のセンターバックは足が速いから。あるいは、足が遅いから。だったら、「こういう選手をおきましょう」となる。
大切なのは、相手があっての「戦術」「システム」なので、組み合わせの妙なんですよね。健太さんは豪快なイメージを持っている人が多いでしょうけど、全くそんなことがない。すごく細かいことに気付く方でした。
――筑波大学蹴球部をどのようなサッカー集団に作り上げていきたいですか?
小井土 私には、計8年間というJクラブのトップカテゴリーでの経験があります。ここでは、10年後を見据えて腰を据えて仕事ができます。毎年毎年の勝負だけじゃなく、選手を育てたい、という気持ちが持てます。「また見たいな。筑波のサッカーが見たいな」。そういうサッカーを作りたい。私は学生によく話すことがあります。
「僕は、サッカーを教えることできない。サッカーに全力で取り組むことで、自分の限界に挑戦することで、自然と学べることは絶対にある。サッカーが教えてくれるから。全力で取り組んでみろ! それができるのに、やろうとしないヤツには厳しいジャッジを下す」
「100の力があるヤツが80の力を出して試合に勝っても、そんなのものは、誰も見たくない。100以上のことにトライして、もっともっとよくなる姿を見たい。そういう選手を僕は応援する。何を学んでほしいのか、というよりも、全力でやることで君らは自然とサッカーから学べるから」
川本梅花