【サッカーコラム】取材は「日立柏サッカー場」より
取材は「日立柏サッカー場」より
台風が過ぎって、暖かい風はほほを掠(かす)める。ちょっと早足で歩くだけで、ワイシャツが少しだけ汗ばむ。19時05分のキックオフに、ぎりぎり間に合った。スタジアムの記者席に着く。スタンドを埋め尽くしているユニホームの黄色が目に飛び込んでくる。ゴール裏に陣取ったアウェイ側には、ブルーのユニホームが一面していた。
9月25日、明治安田生命J1セカンドステージ第13節、柏レイソル対ヴァンフォーレ甲府を観戦する。試合は、1-0で柏が競り勝った。試合後の監督会見で、佐久間悟は、淡々と敗戦の弁を語る。気負いもなく、だからと言って、失望感もさほど見せない。最後は「精神論になってしまうんですけど」と前置きして「信じる者は救われる、と言いますか、日々やれることを積み重ねていくしかない。うちには特別な救世主のような存在がいるわけではないのですから。自分たちを信じてやっていくしかないんです」と話す。
以前、佐久間に私は聞いたことがあった。
「残留には自信があるでしょう?」
いやいや、と手を払いながら述べる。
「今季に限って言えば、全く分からないですね」
「ホントですか」と少し驚く私に向かって、佐久間は言葉を投げ掛ける。
「まあ、考え方がアマチュアだと思われるかもしれませんが、今季は昨年のメンバーに残ってもらって、彼らと一緒に残留したいと考えたんです」
佐久間のこの言葉を聞いて、少し心配になった。なぜならば、夏目漱石の『草枕』の冒頭の一句を思い出したからだ。
「情に棹(さお)させば流される」
この一句の意味は、情を重んじれば、人は、どこまでも感情に押し流されてしまう。それが人の世の定めだからである。佐久間が「アマチュア」と言った単語に、私は違和感を覚えたのである。しかし、覚えた違和感は、佐久間の人間性を知っていれば、納得できるものでもある。彼の話を聞いていれば、大宮アルディージャのGMから甲府に移った月日の分だけ、甲府への愛着が溢(あふ)れていることに気付かされる。
柏戦での甲府は、しっかりと守って少ないチャンスを形にしようと戦っていた。負傷者が多い現状や選手層を見れば、どうやっても難しい局面に遭遇してしまうことが、試合前から目に見えてしまう。そうしたネガティブな空気が漂った監督会見が終わり、佐久間は私の方を見てほほ笑みながら「どうも」と口ずさんだのが分かった。
佐久間監督の会見を聞いていて、質問することができなかった。それは私が「情に棹させば流された」わけではなく、チームの事実を隠すことなく淡々と語る佐久間の言葉に狂気性を感じたからだ。
甲府は、まだやれる。この敗戦で、埋もれることはない。
「信じる者は救われる」
この言葉は、ヴァンフォーレ甲府のために存在する。私に、そう感じさせた佐久間の「狂気性」が、監督会見での彼の言葉には宿っていた。
川本梅花