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2020年天皇杯「ベスト6」の指揮官が復帰した理由 小谷野拓夢が語る福山シティFCでの再挑戦<1/3>

 今週は久々に地域リーグにフォーカス。中国リーグで3連覇中の福山シティFCの小谷野拓夢監督へのインタビューをお届けする。

 当WMで小谷野さんにインタビューしたのは20211月以来。この前年、福山は広島県1部ながら天皇杯「ベスト6」を果たし、当時23歳の青年監督だった小谷野さんはメディアでにわかに脚光を浴びていた。

 小谷野監督率いる福山は、2022年に戦いの舞台を中国リーグに移し、見事初優勝を果たすものの、その年の地域CLでは1次ラウンドで敗退。そして小谷野さんは3シーズン監督を務めた福山を離れ、J3のガイナーレ鳥取に強化育成部長として招かれることとなる。

 ここまでの指導者としてのキャリアには、ただただ唸るしかない。大学卒業から1年目で県リーグのクラブを率いて「ベスト6」という結果を残し、26歳にしてJ3クラブの強化の責任者へ。若く優秀な指導者は他にもいるだろうが、30歳になる前に、ここまで順風満帆なキャリアを歩んだ人はそう多くはないはずだ。

 そんな小谷野さん、2025年に3年ぶりに福山の監督に復帰することを知り、まず脳裏に浮かんだのは「なぜ?」という疑問であった。Jクラブでのキャリアを2年で切り上げ、カテゴリーを2つ落として再び福山で指揮を執ることを決断した理由は何なのか? そして自身が不在だった2シーズン、なかなか全国大会を勝ち上がれなかった福山をどう見ていたのか?

 今月から、全国各地で開幕する地域リーグ。そんな中、中国リーグ4連覇と地域CL4度目の挑戦に懸ける、福山シティFCの若き指揮官の言葉に耳を傾けることにしたい。(取材日:2025217日@福山市)

なぜ鳥取でA級ライセンスが取れなかったのか?

──3年ぶりに福山に戻ってきて、変わったものと変わらないものがあったと思います。それぞれ挙げていただけますか?

小谷野 変わったところで言うと、まず思い浮かぶのはグラウンド。僕が来たとき、専用の練習グラウンドはなかったんです。監督就任1年目はコロナ禍が始まったばかりで、時々河川敷でトレーニングをしていました。今は専用の練習場ができたので、指導する立場としてはその変化が大きかったですね。

──やっぱりそうですよね。選手の顔ぶれも随分と入れ替わりましたが、一方で変わらなかったものもあるかと思うんですが。

小谷野 それで言うと「ビジョン」ですね。このクラブが思い描くビジョンというものが、当時からすごく魅力的に感じられたんですが、それが今でも変わっていないのは素晴らしいなと。

──つまりクラブ代表の岡本佳大さんが、立ち上げの段階から掲げていたものですよね? 当時は広島県1部でしたが、カテゴリーが変わっても、地域CLで敗れても、きちんと積み重なっているのが素晴らしいですね。

小谷野 そう思います。やっぱりビジョンに向かって、クラブも着実に成長していると思いますし、そこで働く人間としてクラブを目指すものにワクワクするというか。そういったものは変わらずに、あり続けているんだなと感じます。

──今回、福山に戻って来るにあたって、当然ながらガイナーレ鳥取からの引き止めもあったと思います。どういう経緯があったのでしょうか?

小谷野 きっかけとしては、自分自身の年齢というのがありました。僕は今年で28歳になるんですけど、そもそも20代でJクラブの監督になるというのが、ここ数年の目標としてあったんです。周囲を見れば若い指導者は増えてきていますけれど、僕が大学生だった時、20代でJクラブのトップチームで働くというのは、すごく難易度が高いように感じました。

 僕自身としては、業界のそういったところを改善したくて、それで大学を出てすぐに福山で監督をさせていただきました。それから5年が経ち、若くしてJリーグで働くコーチは確かに増えましたが、なかなか若い監督が出てこないんですよね。僕自身のライセンスの話でいえば、鳥取にいる2年の間にA級ライセンスが受講できなくて──

──今はB級なんですね?

小谷野 B級です。昨年、Jクラブ推薦枠を利用して書類を提出したんですけれど、書類審査で落ちてしまったんです。それが自分の中ではけっこうショックで。

──落とされた理由は、やはり年齢的に若すぎる、ということだったんでしょうか?

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