石井紘人のFootball Referee Journal

「その歩き方はいけません」より家本政明主審インタビュー

 『ひるまえほっと』(NHK)や『ソレダメ』(テレビ東京)で注目を浴びた夏嶋隆先生の『その歩き方はいけません!』(ガイドワークス社)から一部抜粋して掲載します。


動作解析のスペシャリストで、メディカルトレーナーである夏嶋隆先生のもとには、今も多くのアスリートが治療やトレーニングに来ます。数年前『Get Sports』(テレビ朝日)で、元サッカー日本代表選手で“ゴン”という愛称で親しまれていた中山雅史さんがトレーニングしている様子が取り上げられました。

夏嶋先生の元に足を運んだ多くのアスリートが、夏嶋先生への感謝を口にします。元サッカー日本代表の久保竜彦さんは、「命の恩人というか。師匠じゃないけど、人間にとって大事な感覚というのをよみがえらせてくれた。あそこで夏嶋先生に会わんかったら、どんな人生になってしまったんやろって思います。」と語っていました。

 

そんな夏嶋先生には一人だけ弟子がいます。

日本サッカー協会(JFA)と契約する現役のプロのサッカー審判員(PR)で、国際サッカー連盟に承認された元国際審判員の家本政明氏です。

 

国際審判員は、サッカーのシーズンになると、国内の試合はもちろん、海外の試合も担当しなければいけません。つまり、日本の代表選手と同じくらい飛行機での移動を強いられます。飛行機での移動は体に負担がかかると言われています。

 

ですが、家本氏は、休むことなく日本での試合と海外での試合を週に二回もこなしてきました。43歳になった現在も、現役の審判員として毎試合10キロ以上を走っています。

 

他のサッカー選手などに興味を示さなかった久保氏が、「『男の中の男』お崇拝していた」(Yahoo!ニュース個人/玉乃淳より)という家本氏に、夏嶋先生のもとで効率的かつ機能的な動作を学んだことで得た効果について訊きました。

 

夏嶋先生の理論にショックを受けた

―まず、夏嶋先生との出会いから教えてください。

 

2005年の春に静岡県にある清水ナショナルトレーニンセンターで一泊二日のスペシャルフェリー(現PR)キャンプがありました。

キャンプ後に、FIFAワールドカップ2006年ドイツ大会を控えていた上川(徹:現JFA審判委員会副委員長)さんに「御殿場に行かないか?」と誘われました。上川さんは、夏嶋先生のもとで治療を受けていたんですね。僕は怪我していなかったのですが、「おもしろそうだし行ってもいいかな」と思い、夏嶋先生が勤務していた時之栖裾野スポーツセンターに行ったのが、最初の出会いです。

 

―最初の印象は如何でしたか?

 

センセーショナルというか、ショックを受けたという感じです。上川さんの治療後に僕と夏嶋先生でトレーニングや歩き方、走り方や体の動かし方のトレーニングをしました。

実際に僕が立った状態や歩いたり走ったりしているところを、夏嶋先生に押されるわけです。押されると動きがブレてぐらついて倒れそうになりますよね。でも先生は「なぜぐらつく?」と聞いてくるんです。

「普通押されたらぐらつくでしょ?」と返すと、「そうではない」と言われました。「え?」って思ったのですが、実際に先生に教えてもらい、ポイントポイントを意識するだけで、急に押されても全くぐらつかなくなったり押されている感覚すら感じなくなったんです。

他にも、多くの人がやっているいわゆる“ふつうの歩き方”で歩いた後に前屈をしてみると、体が固まってあまり前屈できないんですね。

その後に、先生に教えて貰った歩き方(2章参照)で歩くと、固まらないんです。あきらかに違う。

 

―前屈しやすくなったんですね。

 

そう。体験して。体感して、「これはなせだろう?」「本当に違うぞ」という出会いが最初ですね。

 

―夏嶋先生の所には多くのアスリートが来ています。昨年のオフシーズンにも、有名なプロサッカー選手が来ていたのですが、その人はピンとこなかったようです。服部年宏(現ジュビロ磐田強化部長)さんのように、夏嶋先生の理論を取り入れ、40歳まで現役のJリーガーとして活躍した選手もいれば、理解できない人もいる。家本さんは、なぜ弟子入りしようと思ったのですか?

 

僕は昔から人の体の不思議さに興味がありました。人の体を良くしたいという志もあった。同志社大学在学中には、二年制のカイロプラクティックの専門学校にも通って、資格もとっていました。

というのも、ドクターやトレーナーなど、いわゆる“治療者”と言われる人たちと多く会ってきましたが、「この先生の言っていること本当に合っているのかな」と思うことが多かったんです。

たとえば、治療されても、またすぐに怪我する選手は多い。そういったのを目の当たりにしていたので、スポーツ界の医学に疑問を持っていたんです。その疑問に対して、僕なりに仮説があって、その仮説と夏嶋先生の考え方やトレーニングが、マッチしたんです。興味と知識があった分、夏嶋先生のもとを訪ねる選手たちよりも、話を理解できたというのもあるかもしれません。

 

お金をかけないと体は良くならないのか

―家本さんは、京都パープルサンガの職員時代に、最新の機械を使ったトレーニングも見ていますよね。

 

はい。僕が京都のパープルサンガの職員だった時代に、カズさんがトレーニングしていたのと同じ機械を京都パープルサンガも導入したのです。カズさんだけでなく、フィジカルコーチやメディカルスタッフがレクチャーも受けに行きました。僕も職員ですから、そういったトレーニングの場を見ることがありますよね。でも、驚きというよりは、別の方法でも、同じようなことができるのではと思いました。理論も分かりますし、マシンの使い方も分かる。でも、高いコストをかけないと体は良くならないっていうのはどうなんだろうという疑問をもってしまいました。コストをかけずに健康な体を手に入れたり競技力を向上させる手段はないのか?と。

 

―費用対効果ですね。

 

人の体を健康にするための絶対解が存在するのであれば1つの解決策で全ての人が健康になれますよね。

でも、絶対解がないため、色々な理論や方法が世の中にあり、トレーニングマシンなどのモノを使った行動もある。健康になるため、あるいは健康で居続けるための方法を探しています。この考え方とか価値観とかやり方というのが、わりと上手く合ったり、今までより高い効果を得られれば、皆、そのトレーニングを行いますよね。

 

―そういった意味では、夏嶋先生の理論はシンプルで、怪我した箇所ではなく、なぜ怪我したかを突き詰める。「膝が痛い」という患者の膝だけを見ず、なぜそのような痛みが膝にあるのかを造作解析していく、そのような考え方が、家本さんの中では絶対解に近いと思われたということでしょうか。

 

はい。夏嶋先生の言っていることは、解剖学や運動生理学など学問が中心です。

学問は絶対解に近いと思っていて、普遍的だと思っています。

夏嶋先生は動作解析のプロで、ずば抜けた観察力を持っています。物事を多面的にとらえて仮説を立て、優先順位を付けてトライしていく。経験則で整理もして、適切な判断を瞬時に行っていく。それは、観察力や学門のベースがあるからできることです。経験則だけじゃなく、普遍的な学問があるのが重要だと思います。

表現が難しいのですが、“治療者”と呼ばれる人方々も、そういったことを勉強して、資格を取っていると思うのです。

でも、「この膝の痛みは、あなたの普段の○○という動作によって体の構造が○○のように壊れたために膝に痛みがきていますよ」という説明を聞くことは少ない。むしろ、「電気治療しますね」「湿布渡しますね」が多くないでしょうか?夏嶋先生のように、解剖学や運動生理学や力学から論理を立てて、考えて説明していることが少ないように感じます。

 

―夏嶋先生のやり方はお金がかからないですよね。一方で、電気治療や湿布などを処方されないと治療と思わない方々も多い。

 

治療法にして一つのモノにとらわれることは良くないかなと思います。モノがなければ発想は無限じゃないですか。一つのモノにとらわれると、他に意識がいかないし、違うモノに頼ることもできない。お金があれば、高額なモノを使ったトレーニングや治療を数多く受けられます。でも、本当にその大金がないと人の体は良くならないのかな?というのが僕の考えです。

たとえば、赤ん坊や幼児が、「膝が痛い」とは言いませんよね。本来、人間になかった痛みが、現在、生じているということは、根本的な原因があるということで、それはモノがなくても変えられると思っています。しかし残念ながら多くの人が、トレーニングジムなどに行かないと何も変えられないと思い込んでいる。それは、モノに頼り切っていたり、そういうものだと疑いの目を持っていないからじゃないですか。でも、そうではない方法や理論がこの世の中には実在していて、それが広がれば、皆さん幸せになるのではないでしょうか。

 

10年前まではかかとから足をついていた

―自分自身が日常生活に知識や知恵を取り入れることで、自らの体を変えていけるということですね。では、夏嶋先生の理論を取り入れる前の家本さんは、どのような歩き方をしていたのでしょうか?

 

非効率的で、機能性を考えていない動作でした。いわゆる世に溢れている歩き方でしたよ。かかとからドーンと足をついて、頭が後ろに残ったり、前に出てしまったり。足を地面についた時に足が胴体の前方にあって真下にない。胴体がコンクリートのように固まったまま動かないで、手と足だけが動いている。胴体や背骨が動かずに、固定された状態ですよね。歩く時は手も動いていていないかもしれないです。重力なんで気にしていないし、力学に、どこにどういう力を働かせれば効率が良いのか、効率的なのかなんて考えていませんでした。

 

―そういった歩き方をしていた時、体の調子は如何でしたか?

 

アキレス腱も痛かったし、ふくらぎはとにかく疲れていたし、膝も違和感ありました。首周りも張っていましたね。でも一番は腰かな。

あとは当時、結構な筋肉トレーニングをしていて体も大きくしたというのもあるんですが、お腹周りに肉がありましたよね。動かしていないから。厳密には動いてはいるのですが、骨盤と背骨が固まった状態になってしまって、そこを中心に体を使えていない。骨髄や背骨を動かさないから、おなかまわりに肉がついてしまうんですよね。そういった点などを夏嶋先生に指摘されて、「○○怪我したことあるだろう。原因はそこだ」と解析されました。それで、三十年近く何も考えずにやってきた動作を変えました。

 

―動作以外に学んだことはありますか?

 

「真理は一つだけ、でも真理に辿り着く道は無数にある」「楽をしたいんだったら、楽をするな」が印象的です。

力を抜いて、だらーっとするのも楽。そのだらーっとしている瞬間は楽かもしれないですが、体の構造は崩れています。そこから次、何かしようと思った時に、痛みを感じるわけです。

楽をしたために、苦痛を買っている。クラシックバレエやモダンバレエは徹底的に基礎ばかりをやります。「体の構造的にリスクを負わない使い方をしましょう」「体を支える筋肉をしっかり目覚めさせましょう」というトレーニングです。だから、体の構造が崩れることを嫌がります。

でも、一般の方々は、効率的な動作が頭にも体にもたたき込まれていないから、体の構造を崩す行為を楽だと思ったり、楽だと感じてしまう。

 

―本書の話で言えば、たいていの方々が機能性を考えずに、自分の体に害を与え続ける歩き方で歩いています。だから必然的に痛みや慢性的な疲れが生まれてしまうということですよね。

 

誰もが歩き方や走り方えお習わなくても、いつのまにか出来ていますよね。だから、自分の歩くフォームが原因で自分で自分の体を悪くしているとは思わない。

因果を意識せず、「理由は分からないけど、腰が痛い」「理由は分からないけど肩がこる」が、事故やアクシデントから生じた痛みだと思ってしまう。

本書に記された点を意識するだけで変わりますよね。もちろん、自分だけでは改善できないこともあります。靱帯が切れたり、骨が折れてしまったりした場合は、治療者の力を借りなければいけません。でも、ちょっとした腰痛や肩こり、膝の気持ち悪さや足の痛みを、他人の力、たとえばマッサージなどで改善してもらっても、すぐに日常の動作で再発してしまいます。

だから夏嶋先生は、治療はするんだけど、それよりも正しい動作を覚えさせて「僕の所に来るのではなくて、自分で治した方がいいですよ」と患者さんに伝えていますよね。

 

歩き方でダメージを受けたと思わない

―効率的でなく、機能的でない動作が、なぜここまで世に溢れてしまっているのでしょうか?

 

歩くことにしても、走ることにしても、習わなくても見よう見まねで“なんとなく”出来てしまうからではないでしょうか。

出来ていると、そこに疑問が生まれない。また、機能的、効率的動作を教えられる人が少ないというのもあると思います。

たとえば、学校の体育の先生も大学で解剖学の勉強をされていると思います。でも、勉強をしていても、歩き方などを日常から意識はされていない。それは治療者の方々もそうかもしれません。

 

―言葉であれば、喋れても、正しい使い方や発音を指摘される。でも、歩き方をそのように指摘されることはありませんでした。

 

指摘されたとしても、見た目の美しさがほとんどです。猫背を「見た目が悪い」「だらしがない」と注意することはあるでしょう。

でも、「その猫背だから肩がこるんだよ」とは言わないですよね。姿勢が自分の健康や快適さを崩すということに意識がいっていないと思います。

“正しい歩き方を教えます”と表現すると伝わり辛くなってしまう。“正しい”は見た目の綺麗を求めるのか、体にダメージを出さないのかで分かれてしまう。「歩き方でダメージを受けても、マッサージにいけばいい」と思われている方々もいることでしょうし。そもそも今の自分の歩き方でダメージを受けていると思われていないですもんね。

 

―夏嶋先生の理論はもっと広まってもいいと思うのですが。

 

体験すれば、これらの動作に即効性があることを実感できると思うんですけどね。

一般的な方々の歩き方、つまり悪い歩き方をしていなければ、張りがでてくる。それは、かかと歩きなどで筋肉がダメージ・衝撃を受け、筋肉が防御しようとキュッと縮まるから。

あるいは、自分の体に害を与え続ける歩き方によって、筋肉が過剰に引き伸ばされ続けたことで、反作用で縮こまろうとなってしまっている。

そういった自分の体に害を与え続ける歩き方をした後に前屈えおしてみると、曲がり辛いはずです。筋肉が防御反応をおこしているために筋肉は縮こまり可動域が狭まり、柔軟性を欠いてしまうわけです。

でも、機能的で効率的な動作は、ストレスが凄く少ないから、筋肉の可動域が狭まることなく、前屈を楽にできます。嘘だと思われる方は、試してみてください。

でも、普通は歩きながらこういった体のチェックはしませんよね。そういう意味でなかなか気付けない。気付けないから広まらないのかもしれません。

どちらかというと、体の機能性を高めようとなると、ストレッチだとか、心肺機能とか筋力アップにいきますよね。本来の体の機能を効率的に動かしましょう、高めましょうという指導や指摘は少ないのが現状です。

 

―データや数値などで目に見えないというのもあるのでしょうか。

 

西洋医学は様々な要因や結果を数値化させデータ化させるのが得意ですよね。レントゲンやMRIが最たる例だと思います。反対に東洋医学というのは、数値化がなかなかできない。たとえば、夏嶋先生のところにきて、腰痛を改善させたとしても、自分自身の悪い癖や行動は“なおっていない”ために、しばらくするとまた痛みが再発してしまい、「あの治療院に行っても治らないじゃん!」となってしまう。

 

―そういった意味では、癖でおかしくなった場所がデータとしてみることができて、その見えるものを削るという手術が選ばれているのかもしれません。手術に耐えられる若い時はいいかもしれませんが、年取ってからも手術を重ねるのは難しい。それよりも、癖を直した方が幸せですよね。

 

本来、悪くした原因を作ったのはその人自身です。でも体を壊した人は、自分が悪いと言いません。「病院で一度は良くなったけど、結局ダメだった」って言うでしょね。自分ではなく施術した人に問題があったという考え方をしがちです。

 

自分の体に興味を持った方がいい

―本書のターゲットには、50歳や60歳の方々もいます。そういった年齢の方々にアドバイスできることはありますか?

 

自分で自分の体に興味を持った方がいいのではないでしょうか。曲げる、伸ばす、ひねることで、体の不調って分かると思います。

自分の家で鏡を見ながら体を曲げれば、「右は曲がるのに、左は重い」といった状態が分かります。

それが分かれば、重さとか違和感がある方向と反対にアプローチすればいいですよね。

「肩こりや首こりは伸ばせ」という治療法はワンパターンだと思うのです。実際には、首こりや肩こりは、縮めた方が高い効果を得られるケースもあります。

特に首は頭があるから、前方に出やすい。そうすると首の後ろ側の筋肉が伸び過ぎてしまいます。その時は、後ろ側を縮める方が理にかなっていると思います。

今の首の話は一例ですが、伸び過ぎていたら縮めるし、縮み過ぎていたら伸ばすというのが鉄則ではないでしょうか。皆さん、マッサージなどがお好きなようですが、単にマッサージをすれば良くなるというのはワンパターンではないかなと思います。

 

怪我する人はすぐ分かる

―運動をしている人たちを見て、「これは怪我をするな」なども分かるのでしょうか?

 

まず歩き方や姿勢、体の使い方をみればすぐ分かりますし、他にも競技的な側面でも分かりますよね。

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