選手の自立を促すビジャレアル独自のメソッドとは? 佐伯夕利子氏による江戸川大学特別講演より<3/3>
■【06実践(4/4)】「100人の寮生のうち5人しかプロになれない」
<6.8.フォーカスの実現>
フォーカスが変わると、ずいぶんと結末も変わってくるんですね。フォーカスの仕方が間違っていたら、とんでもないことが生じることになります。だからこそ、フォーカスは大切。われわれが実現したいゴールは、われわれが求める選手像の創出です。
ですから何度もいうように、個を大事にすること、そして長期で向き合うこと。われわれ指導者は、選手の学習機会の創出者、人的環境であるということを自覚しながら、その前提でアプローチをし、コミュニケーションを取り、言葉を選択する。これらの作業を丁寧に行っていくことが、われわれの日常であると考えています。
<6.9.魔のトライアングル(人として)>
先ほど「人として」という部分を忘れてしまってはいけないのではないか、という話をしました。人として信頼され、リスペクトされ、こんな人になりたいと思われる。そうした側面に、私たちはまったく取り組んできませんでした。
実際、「俺はプロのサッカー指導者だから」なんて平気で言う人が、われわれのクラブにもいたんですね。20年も同じクラブにいたら、そういう人も出てくるわけです。でも、それでいいんだろうか? われわれのクラブには120人のコーチがいますが、少なくとも共感し、同意し、そうだよねって思える人たちがいてほしいと思っています。
さて、私たちが「魔のトライアングル(三角形)」と呼んでいるものですが、これは(育成年代の)選手たちが、寮、学校、トレーニング施設の3点で囲まれた、非常に狭い三角形の中でしか世界というものを認知していないことを意味しています。
彼らはエリートです。お殿様で、天狗にもなっている。寮生活をしている選手の場合、衣食住で1人あたり2~3万ユーロかかっています。プラスアルファで給料も出ているので、クラブからしたらものすごい投資です。
ただし、トップチームに昇格してプロ契約を勝ち取れるのは、事実上1%未満なんです。われわれのクラブは全国レベルより高いですが、それでも5%くらい。100人の寮生のうち5人しかプロになれない。ということは、ほぼプロになれない世界の中での自己認識というものを、あらためて考えていく必要性があります。
われわれの寮と学校、そしてトレーニング施設はとても隣接していて、その狭い世界の中で起こることが、彼らにとってのすべてなんです。サッカーがただ上手で、お給料をもらっているから最新型のiPhoneを買えて、学校に行ったらモテモテで、代表に呼ばれたら2週間どこか素敵な場所に遠征に行って、しかも優勝したら市役所から表彰をもらって──。
社会的弱者という存在を知らないまま、18歳で契約更新とならずに外界に放り出されてしまったら、彼らは被害者でしかないんですよね。先ほども言いましたように(育成年代から)プロ契約を勝ち取って、サッカーで生計を立てられるのは5%しかいない。それ以外の子たちを被害者にしてしまっているのに、それでもプロの指導者を名乗り続けていいのだろうか?
そうした反省を踏まえて取り組んでいるのが、市内の障がい者センターとパートナーシップを結んで、お互いを行き来しながら交流することにしています。U-13から23の選手たちは、こうした交流を通じて、困っている人たちや苦しんでいる人たちの存在を知ることになります。そこから、それまで感じなかったような新しい感情が生まれたり、他者との関わり方が変わってきたりするわけです。
こうした活動を10数年くらい続けています。これはサッカークラブが社会貢献している立ち位置ではなく、魔のトライアングルの中だけで生きている、危険な状態にあるアカデミー生を社会の皆さんに「助けてください」とお願いしているスタンスなんですね。もちろん、街の人たちやセンターの人たちにも感謝されているんですけれど、得ているものが多いのはウチの子たちだというのが私の認識です。
<6.10.独り立つ術(自立と自律は日常の営みから)>
アスリートって、食事や睡眠や休養といったものが、トレーニングと同じくらい重要です。同じ時間にちゃんと起きるとか、同じ時間に床に就くとか、きちんと栄養を考えた食事を同じ時間に摂るとか。こうした習慣が崩れるのがU-19なんです。なぜなら、われわれが寮で面倒を見るのは、未成年まで。18歳になると、ぽいっと放り出されるわけです。「もう成人なんだから独り立ちしなさい」ということですね。
寮にいた時は、間食を入れて5食が用意されていて、いずれも栄養と量とタイミングは栄養士によって計算されたものです。それが18歳になったら、いきなりなくなるわけです。われわれが考える自立というのは、ただサッカーで生計を立てるだけではなく、自分で考えて食事を摂って、自分で洗濯機を回してアイロンがけができることまでを含みます。ですから、ひとり暮らしを始めたU-19のタイミングで、がくんとパフォーマンスが下がる選手が必ずいるんですよ。
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