石井紘人のFootball Referee Journal

【取材記】今村義朗

「当時の僕はむちゃくちゃでしたよ。口はうるさいは、異議が多いし、茶髪でロン毛でピアスしてチャラチャラしてましたよ。」

目の前にいる人間にそんな過去があったなんて思えない。
一言で言えば明るい。そして、関西弁の裏にある真面目さ。社会人の見本ともいえる雰囲気を持ったレフェリーが、真逆の‘チャラい’人間だったなんて。逆に言えば、昔の彼も、自分がこんな人生を送っているなんて夢にも思わなかったかもしれない。

審判を語る時、‘彼等は選手の気持ちがわからない’なんて言われたり、それが飛躍し‘元Jリーガーが審判になればいい’なんて言われたりもするが、審判が選手の気持ちをわかっていないわけではない。

ルネス学園-。

 Jリーガーになることを夢見る若者が集うサッカー専攻科を作った専門学校。

そこに今村義朗もいた。

Jリーガーを目指す仲間と切磋琢磨し、天皇杯にも出場した。Jクラブからラヴコールはこなかったものの、Jへの夢を見続けられる東レ株式会社から声をかけられ、昼は生産現場で働き、夕方からサッカーに打ち込む日々を過ごした。

努力は実り、滋賀県代表にDFとして選ばれ、大阪国体・神奈川国体と二度の国体に出場するなど一歩一歩Jに近付いていく。

 しかし、近づいているはずなのに、今村は逆に距離を感じるようになっていった。

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