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【無料公開】「ToDo=何をすべきか」の前に考えたい「ToBe=どうありたいか」 月イチ連載「スポーツ心理学者のココロの整理術」<第04回>

 今年1月から始まった月イチ連載「スポーツ心理学者のココロの整理術(#スポココ)」。多くの人にとって、縁遠い存在であろうメンタルトレーニングについて、思い立ったら誰でもできる「意識改革」によって、自身のパフォーマンスを高めるためのヒントを提供していく。

 アスリートでない私に、メンタルトレーニングを施してくれるのが、スポーツ心理学者の筒井香さん。筒井さんは現在、スポーツメンタルトレーニング指導士(日本スポーツ心理学会認定)として、さまざまな競技のメンタルトレーニングを手掛けながら、株式会社BorderLeSS代表取締役兼CEOとしてアスリートのデュアルキャリアもサポートしている。

 この3月で59歳になった写真家・ノンフィクションライターが、スポーツ心理学者からメンタルトレーニングを受けることで、どんな変化を実感できるのだろうか? さっそく、4月の「#スポココ」をスタートさせることにしたい。

新しい習慣を始められるチャンスは年に3

 「まずは先月の振り返りから始めましょうか。朝のルーティーンについて、なにか始められましたか?」

 3月のセッションでは、忙しい人ほど心の余裕を自発的に作り出し、それを脳に理解させるために、朝のルーティーンを習慣化することの重要性を学んだ。私が実践したのは「朝の15分読書」である。

 毎朝、必ず15分間、集中して読書する。ただ、それだけのことなのだが、そもそも通勤習慣がない私にとって、読書時間の確保はずっと懸案事項であった。ならばこの機会に、読書を朝のルーティーンにしてしまおう。ただし30分だと少し長すぎるので、まずは15分から始めてみた。

 結果、ハードカバーのノンフィクションを2週間ちょっとで読み終え、今は積読になっていた新書を読み始めている。忙しさにかまけて、買っても読めない書籍が溜まり続けていたことには、ある種の罪悪感を抱いていた。心の余裕だけでなく、読書の楽しさを思い出す効果が、朝のルーティーンには間違いなくあった。

「それはいい習慣ですね。それまでできていなかったことが、習慣化することで、セルフイメージに変化が生じることになります。そういうチャンスって、年に少なくとも3回あると思うんです。お正月、新年度、そして誕生日。こうしたタイミングで、新しい習慣を始められるのが理想的ですよね」

 さて、今月のセッションである。まずは筒井さんから4月に入って、新年度を実感するようなエピソードってありました?」という問いかけがあった。少し考えて思い出したのが、6日の月曜日、小学校の入学式に向かう何組かの家族連れとすれ違ったことだ。

 その時、「へえ」と思ったことが2点あった。まず、小学生のランドセルが、ものすごくカラフルになったこと(私が見たのは薄いベージュ色だった)。そして、両親揃って入学式に参加することが、当たり前になっていたこと──。どちらも昭和の時代には考えられなかったことだ。

「そうですよね。ランドセルの色を赤と黒以外で選べるようになったのも、お父さんが会社を休んでお子さんの行事に参加するようになったのも、そういう選択ができる時代になったということです。つまり『自分はどう生きていきたいか』という話につながっていきます」

「自分はどう生きていきたいか」──。これが「#ココスポ」4月のセッションのメインテーマである。

ToDo「何をすべきか」とToBe「どうありたいか」

 最初に筒井さんが画面共有で提示したのが「アクセプタンス&コミットメントセラピー=ACTAcceptance and Commitment Therapy)」の原理原則」である。

 Aアクセプタンス)は「現在の感情や思考をそのまま受け入れること」。Cコミットメント)は「 自分自身が大切にしたい価値観に基づいて行動すること」。そしてT(セラピー)は「療法」。ACTは「認知行動療法」と理解することになる。

 このACTの原理原則は6つあるのだが、今回は5番目の《価値に気づく:自分が大切にしたい価値を明確にし行動指針とする。》にフォーカスする。

ToDoリストってありますよね。『今日はこれをやらなあかん』というのを、バーっと書き並べるやつ。日々の業務ということを考えれば、確かにToDoは大事です。けれども『何をすべきか』ではなく、『どうありたいか』というToBe。つまり、自分のあるべき姿を考えてほしいんです」

「自分のあるべき姿を考えてほしい」──。そう言われて、ぱっと言語化できる人は、それほど多くはないのではないのではないか。そこで筒井さんが提示したのが、こちらの画面共有。

 最後の赤いボーダーが施されたセンテンスには《価値とはゴールではなく進むべき道標》と書かれてある。そうか、「進むべき道標」──

 思えばこの5年くらい、私はずっと自分自身の「進むべき道標」が命題となっていた。とりわけ、コロナ禍を契機に仕事が一気に激減した時、まさに「自分にとって本当に大事なものとは」ということを何度も自問自答していたように思う。

 あの時は、ライター廃業の可能性さえ、ゼロではなかった。そうした窮地に立たされた時、問われてくるのが自分自身への「価値の確認」。その具体的な思考のプロセスについて、筒井さんの解説が続く。

自分自身が『どうありたいのか』を考えてみる

 テーマは「私は◯◯でありたい」。その具体例として筒井さんが挙げたのが、まず「人間関係」と「仕事について」である。

「最初の『人間関係』というのは、どんな関係性を築いていきたいかとか、どんな人と一緒に時間を過ごしたいか、ということですね。ホンネで付き合えるかとか、ギブアンドテイクで支え合えるとか。これについては、仕事ベースで考える人と、家族や交友関係で考える人に分かれる傾向があります」

 私の場合はフリーランスなので、幸いにして職場の人間関係に悩むことはない。そのかわり、仕事を通じて多くの人たちと緩くつながっているので、常に信頼関係を担保しておくことは心がけている。

「次の『仕事について』ですが、これは大義に近いところがあります。アスリートでも、 自分の役割というものを意識することが多いですね。チームスポーツの場合ですと、ポジションや年齢、あとは特性ですよね。足が速いとか、高さがあるとか」

 これも自分に置き換えてみると、業界内で年長者となったからといって偉ぶるのではなく、常に新しいチャレンジを意識してきた。しがらみがない分、サッカーライティングの可能性を広げていくことが自分の役割である、という自覚は年々高まっている。さらに、筒井さんの解説が続く。

3番目の『個人的な成長や健康』というのは、ここに書かれてあるように、どんなライフスタイルを送りたいか、年齢を重ねたときの自分がどうありたいか、ですね。4番目の『余暇』についても、こちらに書かれてあるとおり。お休みの日はどこに行きたいのか、誰と過ごしたいのか。自然に触れたい人もいれば、インドアでのんびりしたい人もいるでしょうね」

 その上で筒井さんは「ライフスタイルの多様化で、これまで『美徳』とされてきたものは、ひとつではなくなりました。だからこそ、自分自身が『どうありたいのか』が重要になってくるんです」と結論づける。

ToBe(理想)とToDo(現実)との間でのジレンマ

 昭和の時代、小学生のランドセルは赤と黒しかなかったし、お父さんが会社を休んで子供の入学式に参加することも難しかった。けれども今は違う。価値観が多様化したからこそ、各自がToBeを考えられるようになった。それを阻むのが、日々のToDoである。

「食べていく上で、どうしても受けざるを得ない仕事って、ありますよね。私にもあります(笑)。ToBeが明確であればあるほど『この仕事は、自分があるべき姿に反しているのでは?』というジレンマを抱えることになります。でも、このジレンマを抱えることが、実は大事なんですね」

 つまりは、サッカーファンにはお馴染みの「理想と現実」との葛藤、ジレンマである。「理想ばかりを追い続けて現実に向き合わなかったり、逆に現実に引きずられて理想と入れ替わっていたり、人生とはそんなに単純なものではないですよね」と筒井さん。その上で、理想と現実のジレンマについて、むしろポジティブに捉えている理由を語る。

「なぜなら、ToBeToDoの間で葛藤があるからこそ、人間は成長できるからです。成長していく人は、変化を恐れながらも自分と向き合い、それゆえに何かしらのジレンマを常に抱えています。そこでメンタルトレーナーである、私の出番となるわけですよ(笑)」

 そういえば私自身、ここ数年は自分の価値についてずっとジレンマを抱えてきた。そして今、こうしてメンタルトレーナーの指導を受けている。葛藤の中で成長できたかどうか、正直なところ確信はないが、きれいに話がつながったことだけは間違いない。

 最後に筒井さんから、自身のToBeを明確化するヒントをいただいたので、こちらも共有しておこう。皆さんの参考になれば幸いである。

「どんなに忙しい中でも、意識的に自分と向き合う時間を持つこと。そして、自分の考えや行動を習慣的に書き出すこと。記録をつけることで、振り返りがしやすくなりますし、成長も実感できます。あと、人生のステージによって、ToBeは変化します。節目ごとに自分と向き合い、ToBeを振り返り、アップデートすることをお勧めします」

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